お正月や結婚式、お食い初めなど、お祝いの席に花を添える尾頭付きの「焼き鯛」。タイは「めでたい」の語呂合わせから縁起のいい魚と言われており、配膳の向きは決まって頭は左、尾は右です。この定説は、人気チョコレート菓子のパッケージデザインをも変更させるほどでした。きっかけは「尾頭付きの焼き魚は、頭は左向きでは?」の声でした。
尾頭付きの焼き魚にならい変更
名糖産業(本社、愛知県名古屋市)が1989(平成元)年に発売したチョコレート菓子「ぷくぷくたい」。子どもに人気のたい焼きをヒントに、魚形のもなかの皮でふんわりとしたエアインチョコを包んだロングセラー商品です。
発売当初、パッケージにデザインされたタイの向きは、頭が右、尾が左でした。しかし、しばらく経ち社内からこんな声が上がりました。「タイを皿に盛り付けるときは頭は左向きでは?」。検討した結果、1993(平成5)年に「人気も尻上がりになるように」との願いを込めて、頭は左、尾は右のデザインに変更。同社担当者は当時のことを「縁起物商品ですので、そのようなことに敏感に対応していたのかもしれません」と振り返ります。
老舗「焼き鯛」専門店では…
尾頭付き焼き魚の現状を知るため、兵庫県明石市の「魚の棚商店街」にある老舗焼き魚専門店へ向かいました。
1912(明治45)年創業の「魚秀」(兵庫県明石市本町)。同店では正月用「焼き鯛」は年末5日間だけで約5千匹を焼き上げるといい、店頭に美しく並ぶタイはどれも頭は左、尾は右でした。
四代目社長の三好規之さんに頭の向きを尋ねると、「父親から『頭は左』と教え込まれました」。
三好社長はこの道60年近くになる大ベテラン。家業のために小学1年の頃から包丁を握り始めたといい、父親から最初に教わったことは「焼き鯛の表(おもて)は頭が左やぞ。間違えたらだめやぞ」。父親に左の理由までは聞けなかったそうですが、以来、家業の教えをしっかりと守り続けています。
なぜ頭は左なのか? 答えはあった
では、なぜ頭は左なのでしょうか。
東京家政学院大学名誉教授、江原絢子さんが監修した和食の文化的背景を紹介するシリーズ「日本の伝統文化 和食(2)調べよう!和食の食材」(Gakken)。「鯛」のページにずばり、答えがありました。
「『尾頭つき』は頭を向かって左に置きます。日本では古くから右より左を上位と考えてきたからです」(同書から引用)
左を上位とする考え方は「左上位」と呼ばれ、古来から伝わる礼儀作法の一つです。お祝いの席での焼き魚の向きはこの作法が由来のようです。
また、和食の食べ方のマナーをいくつかの本で調べると、右手で箸を持つ人が多いことから、尾頭付きの魚は頭から尾へ食べ進めるのが正しいマナーだそうです。箸の運びやすさのためにも、配膳時には頭を左、尾は右に置くようにと記された本がほとんどでした。
駄菓子→今では「縁起物として活用」という話も
前出の名糖産業「ぷくぷくたい」。尾頭付きの焼き魚にならったリニューアル後、吉祥はあったのでしょうか。
「左向きに変えたからかは分かりませんが、当時の売り上げは堅調な伸びで推移しておりました。ユーザー様には縁起物として飾っていただいたり、拝んでいただいたり、活用していただいていると聞いたことがあります」(同社担当者)
1種類でスタートした味も、1995年のピーナッツ味を皮切りに、イチゴ味や同社のインスタントティー「meitoレモンティー」とのコラボ味、お祝いムード満点の紅白パッケージ「福福鯛(ふくふくたい)チョコレート」など、ラインナップを拡大。2008年からは半年ごとに新しい味を発売し続けています。何より34年のロングセラーということが成功の証と言えそうです。