レジェンドお父さんパンダが中国に帰国準備「さようなら&ありがとう」 16頭の父である永明の素晴らしさとは 

二木 繁美 二木 繁美

現在、⽇本には中国に次いで多い13頭のパンダがいますが、実はそのうちの7頭が和歌⼭「アドベンチャーワールド」(和歌⼭県⻄牟婁郡)で暮らしています。⽇本⼀パンダの飼育頭数が多い施設なのですが、⽗の永明(えいめい)、桜浜(おうひん)、桃浜(とうひん)の3頭が、中国・四川省の成都にあるジャイアントパンダ繁育研究基地へと2月22日に旅⽴ちます。

1⽉20日からは検疫期間(お見送り期間)に⼊っており、ブリーディングセンター屋内にてガラス越し(検疫状況により⼀度に観覧できるのは1頭〜2頭まで)で観覧できます(⼈数や時間の制限を実施予定。桃浜は発情兆候が見られるため1月21日より公開を一時休止中、公開時期は公式サイトにてご確認を)。そして、2月21日には3頭への感謝の思いを込めた「歓送セレモニー」がおこなわれる予定です。

パンダライター・⼆⽊繁美によるパンダ連載、第3回の桃浜(2023年1⽉10⽇公開)に続く第4回は、その功績をたたえられ、和歌山県から「わかやまでナイト」の称号や、中国駐大阪総領事館より「中日友好特使」を拝命したレジェンドお父さんパンダ・永明(えいめい)をご紹介します。身近でお世話をしているパンダチームのみなさんにお話を聞きました。

永明ってどんなパンダ?

永明は1992年9月14日に、中国最古の動物園である北京動物園で生まれました。1994年9月6日にパートナーの蓉浜(ようひん・メス)とともに、アドベンチャーワールドへ来園。国内最高齢の30歳(2023年1月現在)のご長寿パンダです。面長でうちわ型の大きな耳、さらに手足が長いのが特徴。この長い手足は同パークで生まれたこどもたちにも受け継がれています。

ジャイアントパンダとしては世界初となるブリーディングローンでやってきた永明。ブリーディングローンとは、希少な動物の繁殖のため、動物を飼育する施設同士で動物の貸し借りをする制度です。そんな期待に応えるように、永明はジェントルマンな態度でメスをリードし、16頭ものパンダのお父さんになりました。

飼育スタッフによると「永明は穏やかな性格で、いつものんびりしていて、あまり怒ったりすることはありません」とのこと。人間に例えれば90歳くらいと高齢ですが、まだまだ足取りはしっかりとして食欲もあり元気。「こどもたちは工事の音など自然界にない音で驚くことがありますが、永明はどんな音も気にしません。いつも通り食べて、寝てどっしりと構えていることが多いです」と飼育スタッフ。のんびりマイペースに過ごすことが、長寿の秘けつなのかもしれませんね。

パンダファミリーの中でも一番のグルメ

そして永明は、パンダファミリーの中でも一番のグルメなことで有名。来園当初から竹の選り好みが激しかったそうです。当初は中国にならってパンダ団子を中心とした食事で、よく腸粘膜がはがれ固まって出る粘液便を出して腹痛を起こしていました。粘液便を出すときは食欲も落ちてしまいます。ただでさえ太りにくい永明にしっかりと食べてもらうために、食事内容を新鮮な竹を中心にチェンジさせたのだそう。こうして飼育スタッフが選りすぐった竹を与えているうちに、どんどんグルメになっていったのかもしれません。

パンダはおいしい竹をニオイで見分けることが多いそうですが、永明は与えられた竹を嗅いで気に入らなければ「メェー」と鳴いて、どこかに行ってしまうこともあるのだとか。「竹だけをあげると『まだおいしいのがあるだろう』と、おやつをおねだりされることもあります」と飼育スタッフ。さすがはパンダファミリーいちのグルメ、おいしいもの選びに妥協はないのです。

そんな永明が主に好むのが、モウソウチク(孟宗竹)の場合は、葉が緑で茎がやや黄色っぽい竹。黄色い竹は青い竹と比べて、茎の繊維がしっかりしているのだそう。永明と並ぶグルメと評判の「神戸市立王子動物園」の神戸のお嬢様こと、タンタンもこういう竹を好むといいます。繊維の歯ごたえがツウ好みなのかもしれませんね。

そして、おいしい竹を食べる時に右足を真上に上げて肘置きにするのが、永明独自の食事スタイル。お気に入りの場所は部屋の隅っこや寝台の上など、何かにもたれやすい場所なのだとか。「竹を食べる場所にもこだわりがあるところが、永明らしくてかわいいですね」と、飼育スタッフ。鳴いたり、お皿で音を出したりしておねだり上手な一面もあるという永明。高齢になってきてからは、食べやすいように竹を細かく割ったり、与える竹の種類を増やしたりして、食べられるものを増やす工夫をしているそうです。

永明と3頭のパートナー

永明を語るにあたって外せないのが3頭のパートナーの存在です。最初に永明と一緒に来日した蓉浜(ようひん)は、こども時代を一緒に過ごした大切なパートナー。しかし1997年7月にわずか4歳で亡くなってしまいました。

その後、しばらく1頭で暮らしていた永明のもとにやって来たのが、6頭の仔を産み育て「白浜のグレートマザー」と呼ばれた梅梅(めいめい)です。オリ越しに初対面した際、永明はでんぐり返しをして大喜びしたそうです。梅梅に出会えて本当にうれしかったんですね。

ただこのとき梅梅のおなかには、中国を旅立つ前に授かった良浜(らうひん・メス)がいました。梅梅は同パークで良浜を出産。良浜が誕生したのが、永明と蓉浜が来日した日と同じ9月6日だったというのには、何か運命を感じます。

とても母性が強かったという梅梅は、永明との間に6頭の仔をもうけています。2003年にふたごの隆浜(りゅうひん・オス)・秋浜(しゅうひん・オス)を出産した際には、ふたごを生んでも通常1頭しか子育てをしないというパンダの中で、飼育下でふたごに同時に授乳した世界初の母パンダとなりました。そして、2008年10月に14歳で永眠。人間に例えればまだ40歳ほどの若さでした。

次に永明のパートナーに選ばれたのが梅梅の娘で、現在もパークで暮らす良浜です。このとき8歳になっていた良浜は、パークの営業終了時間前に『帰りたい!』と扉に体当たりしたり、まわりのものをひっくり返しながら暴れたりしたりするなど、母親に似てちょっぴり気が強い性格。しかし、永明はそんな良浜にもやさしくアプローチし、決してあせらずに良浜が受け入れてくれるのを待ちました。そして2008年9月には、良浜と永明の初仔となる梅浜(めいひん・メス)と永浜(えいひん・オス)のふたごが生まれました。

繁殖のために来日し、3頭のパートナーと巡り会えた永明ですが、じつは多くのパンダは人間と同じくらい異性の好みがうるさく、最初の対面で相性が合わないとその後の繁殖がうまくいかないと言われています。しかもメスのパンダの発情は年に2から3日程度と短く、見極めもむずかしいのです。しかし永明はそれを見極める能力を持っていました。通常は飼育スタッフが、メスの様子を観察したり、尿中ホルモンの値を調べたりして発情のタイミングを見極めるのですが、永明はメスの発情を嗅ぎ当てることに長けていたのです。

実際に季節はずれのメスの発情に気づき、こどもをもうけたこともあります。メスの発情期は通常春なのですが、永明は夏に訪れた良浜の発情をキャッチ。良浜が過ごす隣の部屋との境を気にしてウロウロするなど、ソワソワとした態度で飼育スタッフに知らせて無事に良浜との交尾に成功。その時に生まれたのが、第2&3回に紹介したふたごの桜浜と桃浜です。

永明のこどもたちには、梅梅との間に生まれた雄浜(ゆうひん・オス)もあわせて、世界でも珍しい冬生まれのパンダが3頭もいます。2014年に桜浜・桃浜が生まれた際に永明は「飼育下で自然交配し、繁殖した世界最高齢のパンダ」となり、2020年に末娘・楓浜の誕生で、その記録を塗り替えました。

なぜこんなに愛されているのか

永明の帰国がなぜこんなに騒がれているのか、わからないという方もいらっしゃるのではないかと思います。事実、お客さんは、赤ちゃんが生まれたときは母子へ集中し、通常時でもどちらかと言えば、若くてよく動くこどもたちの方へたくさんあつまりがちです。でも永明はそんなことはどこ吹く風。のんびりと竹を食べた後は元気に歩きまわり、時には木に登ってファンを驚かせることもありました。そんな無邪気な姿は、お客さんに娘たちとまちがわれることも。そんな彼に癒やしをもらったお客さんも多かったのではないでしょうか。

そして永明がいなければ、中国で「浜家」と呼ばれるほどに数を増やした、いまのパンダファミリーはありませんでした。いつでも穏やかにファンを出迎えてくれた永明。ファンからは敬意を込めて「永明さん」と呼ばれています。年齢や繁殖実績などのさまざまな記録を持つ、すごくてやさしいお父さんパンダ。当たり前にいてくれた大きな存在が中国へ帰ってしまうことに、ファンはさびしさを感じているのです。

最後にパークスタッフから、永明へのメッセージをいただきました。「アドベンチャーワールドに来て28年、パンダファミリーの大黒柱として、優しいお父さんパンダとして、多くの人に愛され、たくさんの幸せを与えてくれました。30歳を迎えてもなお元気で健康な永明、中国の方たちにも大切にされて幸せに過ごし、元気で長生きしてほしいと思います。永明、私たちにたくさんの幸せをありがとう」。

同パークは今後、新たなオスについて前向きに検討しているとのこと。娘たちと相性の良いオスがやってくることで、また新たな家族の歴史が刻まれていくことを願います。

永明さん30歳の誕生日は筆者も午後から行われたイベントにも参加して、永明さん漬けの幸せな時間を過ごすことができました。取材の場所取りクジでは、初めて1番を引くことができ、ベストポジションの永明さんの写真を読者のみなさまにお届けできたのも忘れられない思い出です。

アドベンに行けばいつでも当たり前に出迎えてくれた永明さん。まさか帰ってしまうなんて思わなかったので、とてもさびしい気持ちはあるのですが、できれば、ありがとうと笑顔で見送りたい。生まれ故郷でのんびり過ごしてくださいね。

【次回(2023年2月14日)は良浜についてお話をうかがいます】

◇  ◇

日本パンダ保護協会会員であり、明浜・優浜の名付け親でもある二木繁美による、桜浜を含む日本で暮らすパンダたち13頭を紹介する『このパンダ、だぁ~れだ?』(講談社/講談社ビーシー・1430円)が、2022年12月1日に発売されました。飼育員さんたちのインタビューなど、さまざまな角度からパンダたちの魅力を知ることができます。姿だけでなく、つむじやおしりなどからパンダをあてる、ややマニアックなクイズもお楽しみください。

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