ウクライナ情勢や円安の影響で燃料費が高騰し、銭湯など温浴施設の経営を直撃している。特に今年の夏以降は価格が一気に上がり、ガス代は1、2年前のほぼ2倍になるなど、「これまで記憶にないほどの上がり幅だ」と関係者が頭を抱える深刻な事態に。神戸市内の銭湯や浴場組合などを取材した。
「業界全体がとんでもないことになる」
開口一番「えげつないですよ」と声を落としたのは、芦原温泉(神戸市兵庫区)の番頭、安田孝さんだ。毎日大量のお湯を沸かすのに欠かせないガスの料金は、2020年10月分が30万円を切っていたのに対し、今年10月分は60万円超と一気に2倍以上になったという。11月分以降はさらに値上がりすることが確定しているといい、安田さんは「とにかく異常。これから寒くなるとガスの使用量がさらに増えるので、業界全体がとんでもないことになってしまうかもしれない」と危機感を募らせる。
芦原温泉はここ数年、SNSを駆使して若い世代の新規ファン開拓に成功し、注目を集める存在に。だがガス代の高騰は、その成果を帳消しにするどころか一気に吹き飛ばすほどのインパクトだという。安田さんは「値上がりはいつまで続くのか、そもそも元の水準まで戻る日が来るのか…。出口が全く見えないのが本当にキツい」とこぼす。
市内の銭湯32軒が加盟する神戸市浴場組合連合会の会長で、自身も森温泉(神戸市東灘区)を営む立花隆さんは「どこも『なんとかギリギリ生きている』という状態。自助努力にも限界があり、正直、もう行政の力を借りるしかない」と明かす。現在450円に設定されている入浴料金の値上げも視野に、業界としての対応を模索していくという。
その頼みの神戸市は、これまでも地域の銭湯文化を維持するため、「地域子育て入浴割引」などの利用促進事業に力を入れてきた。今年6月と10月には燃料費の高騰に対する経営支援として、それぞれ1000万円の補助金を浴場組合連合会に支給。とはいえ1軒当たりが受け取れるのは合計しても60万円ほどで、「ありがたいが、焼け石に水」との悲痛な声も聞こえる。環境衛生課の担当者は「厳しい事情は理解している」として、今後も銭湯の魅力発信などを通じて市民の利用を後押ししたい考えだ。
ガスがダメなら…薪ボイラー導入の動きも
一方、平清盛ゆかりの湯として親しまれる湊山温泉(神戸市兵庫区)。近年は大量のアヒル人形を浮かべたアヒル風呂や個室サウナ設置などの仕掛けを次々と打ち出し、独自の存在感を示してきた人気の温浴施設だが、店長の阿部大さんは「今はガス代に利益を全部食われている。風呂屋にとっては災害レベルだ」と語気を強める。
湊山温泉の湯は源泉かけ流し。阿部さんによると「循環濾過(ろか)と違い、源泉かけ流しは熱をそのまま捨てているような感じ」だという。その分、一般的な循環濾過の銭湯に比べるとガスの使用量もはるかに多く、「これだけ値上げされると立ち行かなくなるのは目に見えている」。
湊山温泉は一般公衆浴場ではないため入浴料金は自由に設定できるが、値上げの可能性を問うと「お客さんが離れるだけ」と阿部さん。ならばどうするのか。実は打開策として、薪ボイラーの導入を急ピッチで進めているという。「県内の業者から木質バイオマスを仕入れ、年明けから当面はガスと薪のハイブリッドで、燃料代をどうにか7割ほど削減したいと考えている」
2015年に一度、廃業の危機に見舞われたこともある湊山温泉。「今やれることをやるしかない」と阿部さんは前を向く。