仏人ベストセラー作家、京都を新作の舞台に選んだ理由 「時空や空間を超えている場所」

山本 明 山本 明

 全世界で200万部を超える売り上げを記録した『優雅なハリネズミ』で知られるフランス人ベストセラー作家ミュリエル・バルベリさんが、先日京都で開かれた新作のトーク&サイン会に出席するため来日しました。新刊タイトルは『京都に咲く一輪の薔薇』。一度も会ったことのない日本人の父が他界、天涯孤独となったフランス人のヒロイン、ローズが初めて訪れた京都の地で思いがけぬ愛と再生を体験する物語だといいます。著者が新作に込めた思いをお聞きしました。

 著者のミュリエル・バルベリ(53歳)さんは1969年、モロッコのカサブランカで生まれました。高等師範学校で哲学の教員資格を取得、教員養成短期大学などで教鞭を執った後、2000年に『至福の味』で小説家デビューし同年フランス最優秀料理小説賞を受賞しています。2006年には第2作となる『優雅なハリネズミ』を発表、こちらは全世界で200万部を超えるミリオンセラーとなり映画化もされました。第5作となる本書『京都に咲く一輪の薔薇』は2020年に刊行されています。

 今月初旬、早川書房(東京・千代田区)より発売された本書のヒロイン、ローズは数年前に母と祖母も亡くした孤独なフランス人女性。ある日突然、公証人から生前一度も会ったことなかった日本人の父が他界したという報せを受けて彼女が京都を訪れるところから物語は始まります。美術商だった父のアシスタントで遺言執行人であるベルギー人のポールと共にローズは京都の地をめぐることになります。

 孤独の中で死んだように生きてきたヒロインの心が、亡父の愛した古都の風景の中でゆっくりと変化していく様子は固く閉じた薔薇(ローズ)のつぼみが豊かに花開いていくのを見るかのようです。物語に登場する「銀閣寺」や「南禅寺」、「竜安寺(龍安寺)」といった寺や日本庭園の美しい浮世ばなれした雰囲気も印象的で、「京都」という土地そのものが物語の中のもう一人の主人公ともいうべき重要な役割を果たしています。

 自身も約2年間京都で暮らした経験があるというバルベリさんに、創作のインスピレーションをどこから得たのか語っていただきました。

「京都の地が大好き。わたしの心の中にはいつも京都の面影があります」

――なぜ「京都」を物語の舞台に選んだのですか。

2008―9年の間、京都で暮らしていました。お寺や日本庭園は、非常に人工的でありながら自然との一体感を感じさせ、閉じているからこその永遠を見る気がします。大事な友人が何人もいますし、この地が大好き。わたしの心の中にはいつも京都の面影があります。

京都を舞台に物語を書きたい、と暮らしている時から思っていました。が、その時はまだ自分が作家としてじゅうぶんに成熟していなかったのだと思います。「ローズ」というヒロインがわたしの中で生まれたとき、彼女が初めて京都の地を訪れるオープニングがひらめきました。10年前にこの地を初めて踏んだ自身を彼女に重ねることができる、そこで生まれる物語を書くことができると確信しました。

――各章のはじめに置かれている、一頁ほどの逸話が印象的です。「自らの痛みと引き換えに人を癒やす薬師の女」「キツネと話す少女」「朝から晩まで水平線をただ眺める仙人」など、いずれも魅力的な物語ですがローズの物語とは直接関係がありません。が、本筋の物語の行方を読者に予想、期待させる面白い仕掛けだと思いました。

ありがとうございます。自分自身では「第八章」の前に置いた「偉大な山水画家に椿の画をねだる孫娘」のエピソードが気に入っています。あの短いエピソード群はそれぞれ、各章の中でローズが直面しなければならない困難を暗示しています。孤独に苦しんでいるローズが、そこから抜け出すには立ち向かわなければならない課題があることを、そしてその解決を示唆する暗喩(メタファー)の役割をあの小さな逸話たちは担っているのです。

――物語の中、特に前半で、ローズはいつも怒っていますね。

彼女はとても不幸なんです。フランス人の母親は鬱病で自殺し、可愛がってくれた祖母も亡くなった。もうこれ以上傷つきたくない、という思いからどんな男性とも永続的な関係を持つことができない。愛を遠ざけて生きてきたんですね。不幸なのに、不幸でなくなるのが怖い、変化を怖がっているんです。自分が愛し愛される存在なのだ、ということが信じられない。

でも亡くなった日本人の父親の相続の手続きのために、今までとは全く異なる環境に身を置くことになる。そこで初めて彼女の中に変化が起きるわけです。彼女は父の仕事のアシスタントであったシングルファーザーのポールに出会い、彼に自分の感情をぶつけるようになります。

――他者に心を開くと。

氷漬けの花のようだった彼女が、自ら怒りの熱で周囲に張りめぐらされたガラスのような氷を溶かし、変容していくようなイメージでしょうか。わたしはこの物語でとても大きな怒りを抱えた人も、その怒りを消していける、変わっていくことができるということが書きたかった。それはなぜかというとやはり、愛なのですね。ローズとお父さんの愛、ローズとポールの間に生まれる新しい愛、人を愛することでローズは再生していくのです。

「京都は山にぐるりと囲まれているからこそ、時空や空間を超えている場所だと感じる」

 最後に「この物語をどのように日本の読者に楽しんで欲しいですか」とたずねると、以下のような答えが返ってきました。「読むというのはとても自由な行為、各自が好きに読んでもらえたらと思います。物語の舞台に設定した京都は世界で一番好きな街。こんなにも特別な感情を抱かせる場所は他にはありません。山にぐるりと囲まれているからこそ時空や空間を超えている場所だと感じます。わたしの京都への愛が日本の読者に伝わってほしいと願っています」(バルベリさん)。

◇◇

「京都に咲く一輪の薔薇」(ミュリエル・バルベリ著、永田千奈訳)/早川書房 定価2640円 発売中

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