細やかな気づき、思慮深すぎる視線、独特の喋りから絶大な人気を得ているお笑い芸人・小籔千豊さん。本業のお笑いのほかにも、ドラム、写真、ダーツ、ビリヤード、将棋など多彩な趣味を持っていますが、そのうちの一つで近年特に大ハマリ中というオンラインゲーム、フォートナイトにまつわる著書を刊行しました。『ゲーム反対派の僕が2年で4000時間もゲームをするようになった理由』(辰巳出版)という本です。
どこか昔かたぎな印象もある小籔さんですが、この書名にもある通り、当初はお子さんに対し「ゲーム反対派」だったものの、実際にやってみたら大ハマリし、結果的に親子関係が良くなったと言います。こういったエピソードを赤裸々に綴ったのが本書で、小籔さん初の著書になります。
「ホンマすいません。ホンマすいません」を連呼
本書の話を小籔さん本人に聞くべく吉本興業を訪ねましたが、挨拶するなり小籔さんは「ホンマすいません。ホンマすいません」と連呼。少々拍子抜けしましたが、小籔さんによると「こんな僕が本を出すなんておこがましい。さらに取材に来ていただけるなんて本当に申し訳ない」とのことでした。
「本の中でも最初に書きましたが、『本を出す』なんて片手間にやるものではないと思っていましたので、僕なんか、ホンマにおこがましいにもほどがあると思っています。それに、当初は『本を出す』のであれば、芸人としての名前ではなく、別の名前で出して勝負するほうが良いとも思っていましたので、このような本を出すことに対して、ホンマに申し訳なく思っています」(小籔)
しかし、数多くいるお笑い芸人の中で小籔さんの「話」は、抜きん出て整理されているのが特徴です。喋り言葉が「そのまま整理された原稿」として使える人はそう多くなく、話のネタ自体も飛び抜けて面白いわけですから、筆者個人的には「小籔さんみたいな人にこそ本を出してほしい」「出版界をかき回してほしい」と思っていました。
「これまでも何度か『本を出しませんか?』というありがたいお話をいただく機会はチラホラありました。雑誌の連載をまとめる本、吉本新喜劇の本、座長ビジネス本、あとは今までの僕の経験とは全く関係ナシに小説の書き下ろしなども。
あと、とあるバーで、たまたま文学界のバリバリの編集者の方にお会いした際に、『本を出す人は、あなたのような顔をしている』と言われたこともありました(笑)。
いずれのお声がけも僕としては『そうですかぁ……』という感じで、おこがましく思えて全てお断りさせていただいてきました。
あと単純に本は作るのにすごい労力がかかる割に、あんまりお金をもらわれへん(笑)。そこもどうやねんと思ってお断りさせていただいてきたのも正直なところでした」(小籔)
ゲームに没頭する罪悪感を「仕事」にすることで解消したい
そんな小籔さんが今回、初の本を出す決断をしたのは、そのテーマにありました。小籔さん自身がドハマリしているというオンラインゲームのフォートナイトに関するものだったからです。
「僕は本業として吉本新喜劇、テレビ、ラジオ、ドラマ、さらにはドラムまで仕事としてやらせてもらっています。少しでも時間があるならこういう仕事の練習をしたり、台本を書いたり覚えたりするべきでしょう。『お前、本業サボってゲームやってる場合ちゃうやろ』と、もう1人の自分が、僕自身を批判してくるので、フォートナイトをやっていることに、まずすごい罪悪感がありました。
また、当初はゲーム自体に対して、ちょっと批判的な気持ちもあったので、なおさらゲームに没頭している自分自身に罪悪感もありました。『ゲームをやることで、何かを生み出すというのか。何も生み出さんやろ』と。
そんな葛藤を抱いていたときにフォーナイトのYouTubeをやることになり、それまでは遊びだったゲームが『仕事』に近づいて少し気持ちが楽になりました。
さらにそのYouTubeがきっかけで、今度は『フォーナイトをテーマにした本を出版しませんか?』とお声がけいただき『これは良いかもしれないな』と思うようになり、こうして初めての本を、おこがましくも出版させていただくことになりました」(小籔)
小籔さんがドハマリしているフォートナイトとは、広大なマップ上で生き残りをかけたバトルロイヤルゲームで、100名のプレイヤーの参加が可能。最初にツルハシ一つで、島に降り立ち、武器やアイテムを収集しながらバトルを勝ち進んでいきます。
そして、最後まで生き残ったプレイヤーが勝利するという明快なルールで、小学生から大人までが楽しめるもの。当初の小籔さんはこのフォートナイトをお子さんからの誘いで、やってみることにしたと言います。
フォートナイトの面白さは説明が難しい
そもそも小籔さん自身は子どもの頃、かなりのゲームっ子でした。あらゆるゲームを買い揃え没頭した経験があったそうですが、その日々を振り返り後悔することもあり、小籔さんのお子さんに対してはゲームに対して、一定の制限を強いていました。
しかし、ある日のこと。お子さんからの誘いで、フォートナイトをやってみることにした小籔さんは当初はゲームの中身がよくわからず、横で見ているお子さんから激しい説明を耳元で受け、ダメ出しされることもありました。
このことから当初は面白さをいっさい感じなかったそうですが、そのうちに小籔さん自身がフォートナイトの世界観にハマるようになります。お子さんが学校に行っている時間は、「チャンス」と呼び、お子さんからのアドバイスなく、自分だけでフォートナイトに実戦するようにもなりました。
「フォートナイトの何が面白いのかは、今でもうまく説明できないんですよ。メチャクチャ面白いことは確かなのですが、それを他人に説明できない。たぶん釣りとかも、面白さを他人に説明できないじゃないですか。それと似た感じかもしれないですね。
ただ、一つ言えるのは、最初はできなかったことでも基礎練習を重ねていくうちに徐々に技術が上がっていくところ。これが面白いんです。これまでのゲームって、コンピュータ相手に1人で遊ぶものが多かったですが、日々の努力が報われて、他のプレイヤーとも競争できるというのは、スポーツの面白さと同じなんじゃないかなと思っています」(小籔)
ゲームを通して子ども、自分と向き合える
小籔さんがフォートナイトに費やした時間は2年間で4000時間にもおよびました。この膨大な時間によって、当初、小籔さん自身が抱いていたゲームに対する先入観がガラリと変わったとも言います。
「まず、親子関係が良くなりました。ある時期まで僕が子どもに話す会話は、将来役に立ちそうな、知っておいてほしいことばかりでした。あーせー、こーせーと言うばかりで一方通行でした。
しかし、フォートナイトは若い子のほうが有利なゲームで、子どもから僕が教わる機会が多いんです。そうやって、子どもとフォートナイトをやりながら会話をしていると立場が逆転することもあります。そういうことを繰り返していると、例えば、僕が子どもに何かを教えなければいけないときでも、子どもが耳を傾けてくれるようになりました。
また、僕くらいの中年の世代になると、たいてい仕事も安定してきて『お前は周りより、これが劣ってるぞ』みたいなことを言われる機会がすごく減ると思います。
そんな世代でもフォートナイトでは、いつも『周りに勝てない』『自分にはセンスがない』と思うことの連続です。確かに悔しいのですが、でも、これは良いことのように思います。『自分が劣る世界』に入ることで、もう一度感覚が若くなる効果が僕にはありましたので。『なんで俺はこんなにできへんねん』と思わされるものは、今まで僕が出会ってきた中で、フォートナイトが1位ですね。
我が家では子どもが生まれる前から、頭ごなしに『ゲーム禁止』みたいにし、子どもに対して一定の制限をしていましたが、フォートナイトをやってからは『ゲームを通して子どもと向き合えたり、自分自身にも向き合えるのだから、必ずしも悪いものではないな』と考えを改めるようにもなりました」(小籔)
ゲームの話だけでなく、小籔の考えやプライベートがかいま見れる一冊
こういった小籔さん自身が当初持っていたゲームに対する先入観と、フォートナイトに出会い考えが変わっていく様子が、読み進めるうちに、まるでゲームのような展開で楽しく読めるのが本書です。
フォートナイトをテーマにした本ではありますが、随所に小籔さんの考えや、プライベートの生活がかいま見れるのも面白く、さらに笑いやときに切なく感じる筆致も心地よい一冊に仕上がっています。小籔さん自身にその感想を言うと、また「いえ。すいません」。でも、本当に面白い本だと思いました。
「最後まで書き上げるのに、1年くらいかけました。普段の本業と違い、活字となると『ここで言っている意味、読者の方に伝わるだろうか』みたいに心配になることがたびたびあり、その都度、スタッフに読んでもらったりして確認しながらの作業でした。
改めて『文章を書く』とか『本を出す』ということを仕事にしている人はすごいなと感じました。僕は今のところ世に訴えたいこともないので、たぶんこの本を出してから、もうしばらくは本は出さないと思います。本業がある人間なのに、本当に申し訳ないですし、おこがましいので……。
ただ、そんな僕の本なのですが、もし今ゲームに否定的に思っている方がいたら、ぜひ手に取っていただければ嬉しいです。うちの家庭でのフォートナイトの話が、参考と言うたらエラソーですけど、何か考えていただけるきっかけになったらホンマに嬉しいです」(小籔)
『ゲーム反対派の僕が2年で4000時間もゲームをするようになった理由』小籔千豊・著(辰巳出版)
https://tg-net.co.jp/tatsumi_book/12663/