2020年冬に東京・幡ヶ谷のバス停でホームレス女性が殺害された事件から着想を得た映画『夜明けまでバス停で』(全国順次公開中)。居酒屋のアルバイトからホームレスに転落する主人公を演じた板谷由夏(47)は、クランクイン前に実際に居酒屋でアルバイト経験を積んだ。役名の「三知子」という名札を胸につけて。
午後4時から午後11時までバイト
板谷にとって17年ぶりの映画主演作であり、メガフォンを取った高橋伴明監督とは連合赤軍の内ゲバを材にした映画『光の雨』以来約20年ぶりのタッグ。実際の事件を起点にしながらも、現代社会に対する憤りを詰め込んだ作風に板谷も腹をくくった。
一人で生きるために居酒屋でアルバイトをする主人公の心境と状況を体感するため、都内にある居酒屋で午後4時から午後11時まで3日間実際に働いてみた。
「もつ鍋がメインのお店だったので野菜を切ったり、つくねを作ったり、もつ鍋一式を準備したり。店内の掃除や皿洗い、注文などありとあらゆる仕事をしました。本当にクタクタになって足もパンパン。こんなに疲れるものなのかと…。女性のバイト仲間の生活の話なども聞いたりして勉強になったし、身をもって飲食業で働く方々の大変さを知ることができました」と得難い経験になった。
ゴミ箱の蓋に手を伸ばして
コロナ禍でマスクをしていたこともあり、顔バレはしなかった。「ネームプレートも役名の“三知子”にしたので身バレはしませんでした。アルバイトは3日の予定でしたが、しばらくして店の大将から『どうしても人手が足りない!』と急遽ヘルプがかかってもう1日追加で働きました。バイトとしてはできる子だったみたいです。取っ払いで現金をもらったときは嬉しかった」と笑う。
コロナ不況のあおりを受けてバイトを突然クビになった三知子は寮から追い出され、一夜にしてホームレスに。しかも彼女には離婚した元夫の借金があり、預金はほとんどないに等しかった。他人に弱みを見せることを良しとしない性格も祟り、一日の食事にも事欠くようになる。空腹を抱えて定食屋の明かりに誘われた三知子は、店の裏口にあるゴミ箱の蓋に手を伸ばしてしまう。
怒りの声を上げるアプローチ
あまりにも悲しすぎる場面。撮影に当たり、板谷は体重を3キロほど減量。1日何も口にせずに当該シーンの本番に臨んだという。「とうとうこのシーンが来たかと思いましたが、ゴミを漁って残飯を食べる行為以上に、お店の人に怒鳴られて逃げることの方が悲しくてショックでした。社会から拒絶されたという現実からくる孤独。三知子の転落を痛感しました」と気持ちをかき乱された。
絶対的孤独の中で三知子はバクダンと呼ばれるホームレスの老人(柄本明)と出会う。バクダンという異名の由来は、若かりし頃に爆弾テロ事件を起こしたらしいことから来ている。いつしか三知子はそんなバクダンの思想に共鳴していく。
「脚本を読んだときは『え?爆弾?』と思いましたが、それこそが伴明監督が言いたかったことだと理解しました。着想のスタート地点は女性ホームレスの殺人事件ですが、被害者の女性の人生をそのまま描くのではなく、今の日本の不条理に巻き込まれてしまった女性の姿を通して怒りの声を上げるというアプローチ。みんなが我慢している中であえて声を上げて映画で表明する。伴明監督らしい姿勢だと感じました」。板谷は社会に一石を投じる作品が生まれたことを実感している。