なぜ『リング』は大ヒットした? 当事者が明かす大ブームの背景と貞子の普遍性

石井 隼人 石井 隼人

『リング』(1998年)『呪怨:呪いの家』(2020年)で日本のみならず世界中をチビらせた脚本家の高橋洋(63)が、集大成的監督作品『ザ・ミソジニー』(9月9日公開)を完成させた。

山荘にある不気味な洋館を舞台にした奇妙なホラー・ムービーで、謎めいた母親殺しの事件を演じようとする2人の女優に襲い掛かる地獄を描く。劇中で上映されるゾッとする映像は、さながら『リング』の呪われたビデオだ。Jホラーの火付け役となった大ヒット映画『リング』との共通点と当時の熱狂を、当事者たる高橋が明かす。

若い女性が映画館から飛び出して…

見たら一週間で死ぬという呪われたビデオを媒介にした恐怖を描いた『リング』は大ヒットを記録してシリーズ化。ハリウッドでもリメイクされて、呪いの元凶である貞子は日本を代表するホラーアイコンになった。「Ooohきっと来る」という歌詞が印象的な主題曲『feels like HEAVEN』も貞子とセットで定番ホラー曲として愛されている。今年も新作『貞子DX』が公開されるなど、『リング』公開から24年経った現在も呪いは進行形だ。

高橋は『リング』公開当時の熱狂を鮮明に覚えている。「上映が終わるなり、若い女性客たちが映画館のロビーに飛び出してきて『凄い映画だった!』と友達に携帯をかけまくっているわけです。それが日本中の映画館で起きた。もちろん試写の段階で評判は上々でしたが、あそこまでの社会現象になるとは。僕自身『凄いことになってしまった』と思ったくらいです」と振り返る。

新しいことは何もしていない

大ブームが生まれた背景については「テレビから貞子が這い出てくるとか、それまでごく一部の間でしか知られていなかったJホラーの手法を一般の観客がメジャー映画の大画面で初めて目撃してビックリしたから」と分析するが、一方で「『リング』は風が吹いている映画だったとしか言いようがありません。色々な要素が上手いこと組み合わさった結果で、最初から計算して出来るようなことではない。例えばエンドロールで流れる『feels like HEAVEN』も怖くしようと思って選曲したわけではなく、邦画によくあるタイアップ曲だった。しかし蓋を開けたら曲自体に不吉な意味が付加されて、今では『リング』と言えばあの曲。狙って出来ることではないです」と偶然が重なった奇跡的恐怖らしい。

貞子は今やジェイソンやフレディに並ぶレジェンドホラーキャラクターになっているが「髪の毛の長い女の人ならば誰でもマネできるシンプルさが人気の秘訣かもしれません。しかし伝統的な日本の幽霊の形態を踏襲しただけで、新しいことは何もしていません。テレビから出てくる以外は、貞子は白い服を着てボーッと立っているだけ。昔からある怖い幽霊表現を突き詰めた結果です」とシンプル・イズ・ベストが功を奏したようだ。

フェミニストからバッシングも

ちなみに昔から日本の幽霊の性別に多いのは女性だ。女性の幽霊や女性のネガティブな側面を描くJホラーには批判の声も届くという。「Jホラーへの批判の一つとして、幽霊というネガティブな存在として女性が扱われていることへの不満があるようです。Netflixの『呪怨:呪いの家』では配信開始当時、女性をレイプする描写をめぐって『ミソジニー映画だ!』とSNSでバッシングされたこともあります」と難しい事情を明かす。

そんな高橋の監督最新作のタイトルは、ずばり『ザ・ミソジニー』。これは狙ったものではなく脚本執筆中にフッと沸き上がった言葉だというが、ミソジニーという言葉をタイトルにつけるにあたり、高橋はその言葉の意味合いをしっかりと考えた。

「ネット界隈でのミソジニーとは、女性蔑視や女性嫌悪という使われ方ですが、フェミニズム研究者の間では『男性が作り上げている秩序からはみ出すものを叩く』という文脈で使用されており、単なる蔑視や嫌悪という意味ではありません。『ザ・ミソジニー』と聞くと男性が女性に酷いことをする映画だと思われがちですが、そうではない。もっと深い女性の物語であり、ネガティブなものとして抑圧してきたものに私たちがどう向き合っていくのか?という物語でもあるのです」と解説する。

呪いのビデオの作り方

女優で劇作家のナオミ(中原翔子)がかつて見たという、失踪事件を報じる映像が劇中で上映される。解像度の粗い映像の不気味さは『リング』の呪いのビデオを彷彿とさせる。

「ハリウッドリメイク版『ザ・リング』(2002年)の呪いのビデオの映像がダメなのは、完全なるアートフィルムのようになってしまったから。あれでは全く怖さを感じません。大事なのは作り手が作品としてコントロールした映像のように見えないこと。素人がたまたま撮った映像の中に何かが映り込んでしまったという偶然性と現実の断片性。よく見たら人のようなものが映り込んでいる風な映像というのが怖い」とかなりこだわった。

今回の新作は、高橋がこれまで突き詰めてきたJホラーの集大成的作品なのだという。「得体のしれない映像を見たという話から始まる『女優霊』(1996年)の発展形が呪いのビデオから始まる『リング』であるならば、『ザ・ミソジニー』はそれらをさらに突き詰めた作品だと言えますね」。恐怖のマエストロが、令和の時代に新たなる地獄を投下する。

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