デジタル化の遅れが露呈…医療機関に大きな負担となる新型コロナ「全数報告」の問題点と解決策

「明けない夜はない」~前向きに正しくおそれましょう

豊田 真由子 豊田 真由子

現在行われている新型コロナ陽性者の行政への「全数報告」は、医療機関や保健所の大きな負担になっており、医療ひっ迫に拍車をかけていると言われます。医療機関等の負荷を減らし、国民の生命と安全を救うことに専念していただけるようにする必要があります。

ただ、新型コロナに関する制度や規制全般についていえることですが、雰囲気に流された行き当たりばったりの議論ではなく、具体的になにをどのように変更するのか、その際に生じる問題をどう解決するのか、新型コロナに限らず他の感染症についてはどうするのか、といったことを、法制度や実務を踏まえた上で、きちんと検証する必要があると思います。

これらは、感染症法上の分類変更にも関わってくる話でもありますし、そして、新型コロナで改めて露呈しましたが、我が国のデジタル化の遅れがもたらす影響も、極めて深刻だと思います。

これまで、厚労省やWHOで、感染症対策や、新型インフルエンザ等対策特別措置法(2009年の新型インフルエンザパンデミックを教訓として、2012年に制定された新法)にも関わらせていただいたので、話が少々細かくなっておりますが、この現状をどう打開すべきかに必要だと思いますので、考えてみたいと思います。

「全数報告」の目的とやり方

現在行われている感染症の「全数報告」は、「感染症法の1類から4類までと、5類の一部、新型インフルエンザ等感染症」を対象としており(感染症法12条1項)、医師が報告をしなかった場合には、50万円以下の罰金が科されることになっています(感染症法77条)。

具体的には、発生届の記載内容として、医療機関の情報、患者個人の情報(氏名、住所、年齢、電話番号)に加えて、患者の新型コロナワクチン接種歴(年月日、ワクチンの種類等)、重症化のリスク因子となる疾病(悪性腫瘍、慢性呼吸器疾患、心血管疾患、脳血管疾患等)の有無などを、「診断後直ちに」報告することになっています。

なお全数報告は、あくまでも医療機関で検査を受けて陽性が判明した場合の話で、個人や会社が自主的に購入して検査を行って陽性が判明した場合とは扱いが異なります。

現状の「全数報告」の問題点と解決策

全数報告の取扱いの変更の選択肢について、内容面と法実務面の両方から整理をしてみたいと思います。

(1)内容面の整理

まず、現在の感染症法上の陽性者の全数把握の目的は、

①     感染状況の把握
②     個々の患者のフォローアップ(追跡調査)

にあります。

①については、感染者数の動向の把握は、国内の感染拡大状況をリアルタイムで把握し、各所への情報提供や打つべきコロナ対策の参考とされます。例えば、今後の予測や、緊急事態宣言等の必要性の判断や、あるいは医療逼迫の先行指数として、医療体制のオペレーション(都道府県が、医療機関にコロナ病床の供出を求める等)のためにも使われます。

これについては、個々の患者の詳細な情報ではなく、最低限、感染者の「数」だけを報告してもらえば、対処可能であるともいえると思います。(感染状況の詳細は分かりにくくはなりますが。)

②     については、各患者の状況を把握することは、入院措置、自宅療養の要請、自宅療養者をMy-Hersysを通じて健康観察し、病状の変化に応じて医療機関につないだり、ネット上で療養証明書を出したりする等のために必要となります。医療機関を介して、患者と行政をつないでいる、という役割の重要性にかんがみると、すべての方について個別の報告を無くしてしまうのではなく、フォローアップの必要性が高い方(例えば重症化リスクの高い高齢者等)に絞って報告してもらうといった方法も、現実的には考えられると思います。(その場合、一定の方について、医療機関での作業が残ることになります。)

また、季節性インフルエンザのような定点観測(定点医療機関に指定された全国約5,000か所の医療機関からの報告数を基に、週ごとの全罹患者数が推計される。)に変更すると、現在のリアルタイムでの全数報告を基にしたオペレーションのように利用することは難しくなります。また、重症者(あるいは重症化するリスクの高い方)の把握漏れが起き、自宅で亡くなるといったケースを起こしてしまう懸念があります。

なお、現在は、感染者数の急増に伴い、発熱外来は、治療が必要な方への対応に注力していただくため、リスクの高くない軽症・無症状の方や、証明書発行のための検査目的の医療機関の受診を控えていただくよう呼び掛けられていることなどもあり、「そもそも全数把握ができていないから、意味がない(からやめてよい)」というお話があります。

しかし本件は、「そもそも全数把握が必要であるか。医療機関の負荷を減らすためになにができるか」といった観点から議論をすべきであって、「現状完璧にできていないから、さらに精度を落として構わない」というロジックは、国民の生命と安全を守る分野の制度の在り方としては、少々問題があるのではないかと思います。

(2)法的な方法論の整理

(ⅰ)「全数報告の対象のままにするが、報告項目を簡素化する/発生数だけの報告にする」という案

発生届の内容をもっと簡略化する、あるいは思い切って「数」だけの報告にするということが考えられます。

医師が届け出なければならない事項は、感染症法第12条と厚生労働省令(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律施行規則)第4条で定められているので、「数」だけの報告にするのであれば、このあたりを改正する必要が出てきます。

様式の簡素化だけで対応できるものとしては、「発生動向」を把握するためだけであれば、例えば、ワクチンの接種日時等の情報は不要でしょうし(ワクチン接種と、発症や重症化リスクの低減の関係を調べるためには有用な情報かもしれませんが)、同一家族であれば住所などの記載は一度でいいといった合理化も図るべきでしょう。

医療法人や介護施設の運営のお手伝いをしていて痛感するのですが、「行政として全く悪気はないのだけども、できるだけ多くの情報を求めようとすることや、万全を期すため、杓子定規の対応で、現場に無駄なしわ寄せがいっている事例」は、これに限らず、枚挙にいとまがありません。制度を作る立場の方は、あれもこれも、ではなく、「実際に作業をする人の気持ち」になって、考える必要があると痛感します。

(ⅱ)「医師が報告すべき対象を、重症化リスクの高い陽性者だけにする」案

これは感染症法12条の改正等で対応することになりますが、問題は、医療現場の判断によって、行政に報告される人とされない人が分かれることになる、というところかと思います。リスクが高いと判断された方は、今まで通り、医療機関を介して行政とつながる、ということになるわけですが、リスクの有無や程度というのは、一律・簡単に線引きできるものではないので、仮に報告されなかったケースで、後に容体が急変したが、治療が遅れてしまったといった場合などに、当該医師が責められるといった事態は避けねばならないと思います。

これは、真に必要になった場合の医療へのアクセスが、現状十分に確保されていない、という別の根本的な問題と深く関わってくる問題なので、そもそもそちらの改善ともセットで考えねばならないことだと思います。

(ⅲ)「全数報告をやめる/定点観測にする」

現状、感染症法上、全数報告の対象になっているのは、「1類から4類と、5類の一部、新型インフルエンザ等感染症」ですので、新型コロナ感染症について全数報告しなくてよいということにするためには、感染症法上の分類を「5類」にした上で、全数報告の対象から外す(=対象となるものは厚生労働省令で規定しているので、その省令に規定しないことにする)ことになります。

そして、この分類変更を行った場合には、全数報告の話に留まらず、国や自治体が現在行っている入院勧告や就業制限、緊急事態宣言や外出自粛要請、水際対策等などの対象から外れることになるため、こうした規制を行うことができなくなり(公権力が人権を制限するためには、厳格な法律の根拠が必要で、その対象から外れた場合、そうした規制は行うことができません。)、また、公費負担の扱いをどうするかといったことにも影響してくることになります。

結論

上記のようなことを踏まえれば、現時点での現実的な対応としては、(ⅰ)「全数報告の対象のままにするが、報告項目を簡素化する/発生数だけの報告にする」(ⅱ)「医師が報告すべき対象を、重症化リスクの高い陽性者だけにする」ではないかと思います。

分類変更の件については、回を改めて考えたいと思います。

【参考】

感染症法及び省令における届出の関連条文

〇感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律】(抄)

 (医師の届出)

第十二条 医師は、次に掲げる者を診断したときは、厚生労働省令で定める場合を除き、第一号に掲げる 者については直ちにその者の氏名、年齢、性別その他厚生労働省 令で定める事項を、第二号に掲げる者については七日以内にその者の年齢、性別その他厚生労働省令で定める事項を最寄りの保健所長を経由して都道府県知事に 届け出なければならない。

一 一類感染症の患者、二類感染症、三類感染症、四類感染症又は新型インフルエンザ等感染 症の患者又は無症状病原体保有者及び新感染症にかかっていると疑われる者

二 厚生労働省令で定める五類感染症の患者(厚生労働省令で定める五類感染症の無症状病 原体保有者を含む。)

2 前項の規定による届出を受けた都道府県知事は、同項第一号に掲げる者に係るものについては直ちに、同項第二号に掲げる者に係るものについては厚生労働省令で定める期間内に当 該届出の内容を厚生労働大臣に報告しなければならない。

(感染症の発生の状況及び動向の把握)

第十四条 都道府県知事は、厚生労働省令で定めるところにより、開設者の同意を得て、五類感染症のうち厚生労働省令で定めるもの又は二類感染症、三類感染症、四類 感染症若しくは五類感染症の疑似症のうち厚生労働省令で定めるものの発生の状況の届出を担当させる病院又は診療所 (以下この条において「指定届出機関」と いう。)を指定する。

2 指定届出機関の管理者は、当該指定届出機関の医師が前項の厚生労働省令で定める五類感染症の患者(厚生労働省令で定める五類感染症の無症状病原体保有者を含む。以下この項において同じ。)若しくは前項の二類感染症、三類感染症、四類感染症若しくは五類感染症の疑似症のうち厚生労働省令で定めるものの患 者を診断し、又は同項の厚生労働省令で定める五類感染症により死亡した者の死体を検案したときは、厚生労働省令で定めるところにより、当該患者又は当該死亡した者の年齢、性別その他厚生労働省令で定める事項を当該指定届出機関の所在地を管轄する都道府県知事に届け出なければならない。

3 前項の規定による届出を受けた都道府県知事は、厚生労働省令で定めるところにより、当該 届出の内容を厚生労働大臣に報告しなければならない。

第七十七条 次の各号のいずれかに該当する者は、五十万円以下の罰金に処する。

一  第十二条第一項若しくは第四項又は同条第六項において準用する同条第一項の規定(これらの規定が第七条第一項の規定に基づく政令によって準用される場合を含む。)による届出(新 感染症に係るものを除く。)をしなかった医師

〇感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律施行規則(抄)

(医師の届出)

第四条

3 法第十二条第一項第二号に規定する厚生労働省令で定める五類感染症(法第十二条第一項の規定により、当該感染症の患者について届け出なければならないものに限る。)は、 次に掲げるものとする。

一 アメーバ赤痢
二 ウイルス性肝炎(E型肝炎及びA型肝炎を除く。)
三 急性脳炎(ウエストナイル脳炎、西部ウマ脳炎、ダニ媒介脳炎、東部ウマ脳炎、日本 脳炎、ベネズエラウマ脳炎及びリフトバレー熱を除く。)
四 クリプトスポリジウム症
五 クロイツフェルト・ヤコブ病
六 劇症型溶血性レンサ球菌感染症
七 後天性免疫不全症候群
八 ジアルジア症
九 髄膜炎菌性髄膜炎
十 先天性風しん症候群
十一 梅毒
十二 破傷風
十三 バンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌感染症
十四 バンコマイシン耐性腸球菌感染症
十五 風しん
十六 麻しん

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