京都市内を走る路面電車の嵐電(京福電気鉄道嵐山本線)の車内で見かける降車ボタン。降車する場合は駅に着く前に押すよう求める放送が流れるが、実は押さなくても必ず停車する。では一体何のために付いているのか。運行する京福電鉄(中京区)によると、その答えは「スムーズな運行のため」で、ボタンは運転士と利用客の双方にメリットをもたらしているようだ。
「お降りのお客様は押しボタンでお知らせください」。嵐電の車内には、こうした自動音声のアナウンスが流れる。
北野線と嵐山本線を走る車両全27両には、降車ボタンがある。列車は駅に乗客がおらず、ボタンが押されていなくても、全駅で停まってドアも開閉する。運行ダイヤは、停車やドアの開閉時間を考慮して設定されている。
嵐電によると、ボタンが取り付けられたのは、運転士と車掌の2人体制からワンマン運用になった1982年以降だという。設置の経緯を記した資料はなく、広報担当者は「ワンマン化した際、路線バスと同じ乗降システムを取り入れたのでは」と推測した上で、「ボタンがなくても運行に支障はない。なぜ取り付けたのか、明確な理由は分からない」とも付け加えた。
ただ、降車ボタンは運転士にとって重要な役割を果たしている。
「事前に押してもらうことで、降車の確認や扉を開けておく時間の心づもりができる。できるだけ知らせてもらえるとありがたい」と話すのは、京福電鉄技術課車両係長の中西研太さん。ボタンが押されていないと、「お降りの方はおられませんか」と、扉を閉める前に運転士が声かけをするケースもあるという。
嵐電の運転士は、列車の運転、ドアの開閉に加えて、運賃の収受も担う。降車ボタンと利用客の小さな心がけが、「一人三役」をこなす運転士の心の余裕を生み出し、身近な交通機関の安全性をより高めていると言えそうだ。
嵐電の列車は、降車ボタンを押さなくても全駅で停車する。嵐電のように路面電車を運行する全国の事業者に尋ねると、多くが同じ運用をしていたが、ボタンを押さないと止まらない例外もあった。
阪堺電気軌道(大阪市)では、全ての駅に停車し、ドアも開閉している。広報担当者は「ボタンが押されていなくても停車するが、運転士の立場からすれば押してもらえるとありがたい」と話す。広島電鉄(広島市)や伊予鉄道(松山市)も同様の説明をする。
一方、高知市とその周辺市町を走る「とさでん交通」(同市)は、乗客がいない駅では降車ボタンが押されていないと列車は通過する。
駅を通過すると運行時刻の管理に支障は出ないのか。同電鉄によると、その場合は、その後の信号で止まったり、次の駅の出発時刻を守ったりすることで、「ダイヤ通りに運行できている」という。