胸や背中に貼ったビニール袋で体温低下を食い止め アルツハイマー型認知症の患者が覚えていたビバークの知恵

ドクター備忘録

谷光 利昭 谷光 利昭

 認知症には様々な種類があり、特有の症状があります。脳血管の障害を除けば、アルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症と大きく3つに分けられます。今回は、記憶障害、妄想、見当識障害などの症状を呈するアルツハイマー型認知症の患者さんのある一日を紹介します。

 初夏のある日、自転車で単独外出されました。夕方から雨が降り、初夏といっても夜には肌寒い気温に。夜になっても連絡が取れず警察に捜索願いを提出しましたが、朝まで帰宅されることはなかったです。体力がない老人にはかなりこたえると思われる状況です。

 しかしながら翌朝に数キロ離れたところにある施設から連絡があり、無事に帰宅されました。その後は体調を崩されることもなく、普通に過ごされています。驚異的な体力と精神力だと感心しました。雨が降った寒い夜をどう過ごされたかは今も不明です。

 アルツハイマー型認知症は、直近や新しい記憶の障害は起こりますが、昔の記憶は残っていることが多いと言われています。この患者さんは若い時に、登山をされていたようで、その事が命を救うことになりました。帰宅後に服を脱ぐと背中と胸、お腹にビニール袋が綺麗に貼ってあったようです。寒さをしのぐために無意識でそうされたのです。

 登山の経験で寒さをしのぐテクニックが身体にしみつき、一命を取り留めたといっても過言ではないでしょう。身体で覚えている記憶は簡単に失われることはないようです。

 一度乗れたら忘れない自転車の乗り方、目の見えないお婆さんが難なく包丁で野菜を切ったり、脳卒中を患った寿司職人が動くはずのない、また感覚のない側の手も使って料理をしたり、寿司を握ったりする感覚に似ているのでしょう。底知れない人間の一面を垣間見た思いでした。

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