キャッシュカードでATMを操作して「5000円」とタッチしたはずなのに5万円も出てきた。でも口座の残高は5000円しか減っていない。慌てたお客さんは…? 警備業界で体験した、ウソみたいな本当のエピソードを紹介したい。
ATMに入っている現金は警備会社が一時立て替えている
警備会社が行う業務は、大きく分けて「施設警備」「機械警備」「現金輸送」があり、それぞれの業種に細かい「附帯業務」がある。どんな附帯業務が付くかは、契約の内容次第で得意先ごとに異なる。たとえば銀行の店舗に併設されているATMが土日に休日稼働するとき、現金を補充する業務がある。
コンビニエンスストアにATMが設置されていなかった時代は、休日に預金を引き出そうと思ったら銀行のATMコーナーへ足を運ぶしかなかった。ATM1台当たりの利用客は今の時代より多かったはずだから、利用者が多いATMではしばしば「現金が足りない」という警報が出た。警報を受けるのは、全国の本支店ATMコーナーを監視する「カードセンター」という部署である。
「〜〜支店で現金が切れそうだ」と分かると、その支店のエリアを管轄する警備会社へ連絡して、現金の補充を依頼するわけだ。
筆者が勤めていた大手警備会社では、休日稼働の現金は警備会社が一時立て替えて、あとから精算されることになっていた。
ちなみに、ATMにセットされている現金が一定以下まで減ると、ATMは自動的に停止して「ただいまお取り扱いできません」というメッセージを表示する。だから、2万円おろしたいのに現金切れで1万円しか出てこないという事態にはならない。
故障か?ミスか?どうして一桁違う金額が?
セキュリティの都合上、詳しく書くことは差し控えるが、ATMの中には紙幣が入ったケース(当時は現金カセットと呼んだ)が所定の位置にはめ込まれている。硬貨も同様である。
紙幣を補充するときは、紙幣が入ったカセットを満タンに入ったカセットに交換するだけ。銀行の営業日なら銀行員がやるけれど、休業日には銀行と請負契約を交わしている警備会社がやっている。
ある日曜日、ひとりのご婦人がATMコーナーを訪れて5000円を引き出す操作をした。1000円札が5枚出てくるはずだが、受け取り口から出てきたのは、5枚の1万円札だった。
「金額を押し間違えたのかしら?」
キャッシュカードと一緒に出てきた利用明細を確認すると、5000円を引き出したことになっている。残高も5000円プラス休日の手数料分が減っているだけだった。
慌てたご婦人は、すぐオートホーンを取った。オートホーンとはATMに備え付けの電話機で、平日の営業時間内であれば店舗内に繋がり、営業時間外と休日にはカードセンターに繋がる仕組みになっている。
休日の都市銀行ではATMコーナーが稼働していても、店舗内は誰もいない。オートホーンは一括してカードセンターで応対し、利用客に直接対応する必要があるときは、近くで待機している警備会社に依頼して、警備員が現場へ急行することになっている。
カードセンターのチーフは「現金カセットを逆に入れているミスかも」と想像し、これ以上使われないように、そのATMを遠隔操作で停止させた。
駆けつけた警備員がカードセンターの了承を得てATMを開けてみると、やはり1000円札と1万円札のカセットが逆にセットされていた。幸いこのご婦人が最初の利用者だったことと、オートホーンで知らせてくれたため、大事に至らずに済んだのである。
あとから聞いた話では、休日稼働に備えて前の日に現金をセットした銀行員と上司の預金課長は、減給1カ月の処分を受けたそうだ。
余談ながら、このご婦人が遭遇したケースで、もし届け出ずに「これ幸い」とそのまま持ち帰ったら罪に問われることがある。ATMコーナーには、死角がないように監視カメラが睨みを利かせているし、本体に搭載されている小型カメラは利用客の顔をほぼ正面から撮っている。しかも使用したキャッシュカードから顧客情報も分かるから、逃げ切れないと思っておこう。