なにを隠そう、ともったいぶるほどのことはないが、そろそろ人生も折り返し地点を過ぎようという年頃の筆者は今もなお、ガチャガチャが好きでたまらない。視界の端にガチャマシンを捉えれば、駆け寄らずにはいられないほどに。なのに、だ。ガチャガチャに2億年もの歴史があるということを知らなかった。とんだ大失態である。
前代未聞「すべてが嘘」が大前提の博覧会
その事実を知ったのは2月のことだった。“すべてが嘘の博覧会 奇跡の来日!”と銘打った「大嘘博物館 カプセルトイ2億年の歴史」なるイベントの告知がTwitterで流れてきたのだ。大嘘博物館...。字面から、大英帝国が誇る知の殿堂「大英博物館」を彷彿とさせる気もするが、細かいことを気にしてはいけない。全てが嘘なのだから。
兎にも角にも、そのすべてをこの目で見届けるべく、会場である渋谷PARCOへと小走りで向かった。
ここが大嘘博物館か...。入り口から少し離れたところにポツンと置かれた小さなガチャマシンに閉じ込められた人らしき者が、なにやら切迫した様子で語りかけてくる。とんでもないところにきてしまったのかもしれない、と弱気になるが、意を決して入場手続きをする。600円(これはほんと)と引き換えに、小袋に入ったコインを受け取った。どうやら、これで各時代を生きたガチャガチャを体験できるらしい。
いよいよ、2億年の歴史と対峙する。早まる鼓動を抑える筆者の目に飛び込んできたのは...年表ー!!しかも、地球が誕生した46億年前から始まっている。壮大が過ぎる。
ツッコミどころが多すぎる年表を見ているうちに、だんだん、その気になってくる。嘘なのに。古代のポーン・チャ・ガーラ神殿跡発掘、ガチャファイター廻(めぐる)の登場、闇ガチャ問題。あったなぁ…。いや、ないわ!油断ならない。人はこうして、ガチャに取り込まれるのだ。入り口で、ガチャマシンの中から語りかけてきた女性の顔が頭をよぎる。
展示は、古代から始まり、ガチャの軍事利用の歴史、そして近代へと進む。時代時代のガチャ文化を支えた逸品が展示されていて、もはや「これが嘘って、嘘でしょ?」と、嘘でないことを願わずにはいられないほど、見るからに予算と手間ひまがかかっている。
これは大赤字なのでは?いろいろと心配になりながらも、要所要所に置かれたガチャガチャを回すことは1つたりとも忘れない。すでに筆者の手にはくだらなくも笑えて仕方がない景品が握られているが、実寸大ガチャファイターが登場する近代ゾーンで、ついに人目もはばからずため息混じりの笑いが盛大に漏れた。もう勘弁してください、情緒がおかしくなりそうです。
そして、本展ではガチャの未来について警鐘を鳴らしている。ガチャはいずれ人間を超える知能を持ち、自らの意思でわれわれ人間を支配する危険な存在なのだと。そうなれば名前や職業、寿命までもがガチャで決められるのだ。
あれっ?親ガチャ、上司ガチャといった言葉に賛否評論が起こっている令和の日本は、すでにガチャによる支配が始まっている?え?この博覧会って、嘘じゃなかったの?もはやなにが真実で、なにが嘘か分からなくなっている。ただ1つ確かなことは、今ここにいる全員が、やたらめったらに楽しそうだということだ。
ここまでされると笑うしかない
この博覧会は「コップのフチ子」をはじめ、カプセルトイ業界でヒットを飛ばしまくっているキタンクラブの設立15周年を記念して「カプセルトイの歴史」という動画が作られたことが発端だった。
動画を作ったのは、映像作家の藤井亮さん。NHK Eテレのミッツ・カールくんや、金鳥サンポールのCMなど、脳のシワ1つ1つにこびりつくようなアートワークで名を馳せるその人だ。「カプセルトイの歴史をリアルでやりたい」、その想いに糸井重里さん率いるほぼ日刊イトイ新聞が応え、実現した。
会場となった渋谷PARCO8階の一部は「ほぼ日」のイベントスペースになっている。2018年にオープンし、こけら落とし公演は矢野顕子さんのミニライブ。その後も、ミナペルホネンの皆川明さんや、写真家の幡野広志さんなど、ほぼ日の精神が表れた、そうそうたるイベントが開かれてきた。同社の山下さんは言う。
「今までここでいろいろやってきましたけど、嘘だらけのイベントは初めてでしたねぇ」
「そらそうやろ、日本中、多分ここだけです」
大人たちが本気でつく嘘、という強烈な右ストレートを浴び、やられっぱなしでたまるかと左アッパーで必死に食らいつき、入場時に受け取った10枚のコインは跡形もなく消えた。ガチャガチャの魅力に取りつかれた人々は、財布の札をことごとく両替し、ガチャファイター廻のグッズが出てくるガチャガチャにリアルマネーをツッこんでいた。みな、もれなく笑顔だ。
人を幸せにする嘘なんて、本当にあるんだな...、知らなかったよ。河原で取っ組み合いの喧嘩をし「お前なかなかやるな」「お前もな」と互いの健闘を讃えあって、爽やかに家路に着く男子高校生の気持ちだった。やったことないから知らんけど。
もしかしたら、あなたの街にも
この博覧会、当初は3月21日までの予定だったが、入場制限が出るなどあまりの人気で3月27日までの延長が決定している。ただ、終わった後は、数々の展示物は廃棄するしかないという。そんな、ごむたいな!そこで、巡回の受け入れ先を探している。
先出の山下さんいわく「東京以外でも開催できる道を今も模索しています」とのこと。あなたの街に、大嘘博物館がやってくるかもしれない。
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「大嘘博物館」
会期:2022/2/11(金)~3/27(日)
場所:渋谷PARCO 8階
▼イベントサイト
https://www.1101.com/hobonichiyobi/exhibition/4976.html
▼混雑した場合は整理券が配布されることも。最新情報はTwitterでチェックを
https://twitter.com/hobo_nichiyobi