「ポテトチップス」や「カラムーチョ」「ドンタコス」といった誰もが知るスナック菓子ブランドを展開する湖池屋。近年も「湖池屋プライドポテト」などの新たなヒット商品を生み出し続けています。ヒット商品を連発するために、マーケティングの仕事に必要な力とはどのようなものでしょうか。湖池屋全商品のブランド管理のほか、会社全体のブランディング戦略なども担当するマーケティング本部マーケティング部部長の野間和香奈(のま・わかな)さんにお話を伺いしました。
「好き」を追求した結果出会った湖池屋。マーケティングの仕事に関わるまで
―まずはどのような経緯で湖池屋へと入社されたのか教えてください
大学から理系畑を歩んできており、遺伝子工学を専攻していました。遺伝子組み換えなどが研究テーマとなるような学問で、当時、体細胞クローンの「羊のドリー」が話題になっていたこともあって、興味深いと思いこの道を選びました。ですが、入学して早々、4月末には「あれ、これは間違えたぞ」と思ってしまい、ゴールデンウイーク前には両親に大学を辞めたいと言っていたんですよね(笑)。ただ、さすがに大学はしっかり卒業しろということで、学部は卒業しました。
そんな私の湖池屋との出会いは、大学1年生の時に友人とキャンプに行った時のことです。友人が「ポテトチップスのり塩」を持ってきていたんですよね。実はそれまでチョコやアイス、クッキーなどの甘いお菓子が好きで、スナック菓子とは無縁な人生を歩んできていたのですが、ここで初めて湖池屋の商品と出会ったわけです。友人からは「ポテトチップスと言えば湖池屋だよ。知らないの?」なんて言われていました(笑)。友人がそこまで言う会社なのか、と印象的で、就職活動の時の選択肢の一つになったというわけです。
いよいよ就職活動の時期が訪れるのですが、当時は95%の学生が大学院に進学していました。就職を志す残りの5%も生物学や生命科学などを専門にする出版社や、食品メーカーの研究職を志望するもので、私のようにお菓子メーカーの営業職を志望する学生はほとんどいませんでした。
―なぜ湖池屋の選考を受けられたのでしょうか
今はまったく思いませんが、当時は遺伝子工学っていったい社会の何に役立つのだろうと思っていたんです。友人はBSE(牛海綿状脳症(狂牛病))についてや、がん細胞についての研究をしていましたが、なかなか興味を持つことが出来ず、そうした中で唯一「これは面白そう」と思ったテーマが花の色についての研究でした。色のことなら楽しくできるだろうと思って選んだんです。そんな風に、当時はとにかく自分の好きなことを追求しようとしていました。ミクロなものを研究し続けるよりも、自分は人と話すことが好きだから、営業職が向いているのではと思いましたし、当時は食品業界の他にも、アパレルやサロン専用の化粧品をつくる会社にも興味がありましたので、そうした会社への就職を考えたこともありましたね。大学1年生までスナック菓子とは無縁の生活を送ってきたとお話しました通り、実は最初はチョコレートやクッキーなどの甘いお菓子のメーカーを志望していました。でも、第一志望だから緊張して面接でうまく話せず不合格続き。かたや湖池屋は自然体で面接に臨むことができたので、無事に選考を通過したのです。
―すると、偶然の入社だったのですね。好きを追求するということが印象的です。そのように考えるようになったのは何かきっかけがあるのでしょうか
これといって具体的な出来事があったわけではないですが、自分の気質がそうなのだと思います。興味のあることじゃないと、深いところまで追究することはできないものだと思います。好きなことであれば、たとえ上手くいかなかったとしても、その反省材料を糧に前向きな気持ちで次のステップに進むことができますよね。
―「営業」という仕事にはこだわりがあったのでしょうか
人と話をすることが好きなことに加え、相手の感情をくみ取ることに興味があったので、それを活かせるのは営業の仕事だと考えたからです。といっても、就職活動当時は世の中にどんな仕事があるのか全く知らず、経済や経営についての授業もなかったので、いま、私が担当している「マーケッター」という仕事があることすら知りませんでした(笑)。
―それではマーケティングのお仕事を担当するようになったのは、何がきっかけになったのでしょう
入社2年目の時に異動となり、偶然、マーケティングの仕事に携わることになりました。
1年目の営業の頃は、スーパーなどの店舗の売り場フォローやメンテナンスをする担当で、10名弱の同期の中で良い売上成績を残すことが出来ていました。かゆい所に手が届く提案を心掛けていたことで、色々な店舗で売り場づくりをお任せいただきました。そうした中で商品の企画や販売に興味を持つようになっていきました。
ある時、マーケティング部の社員が、最近まで学生だった新入社員をインタビューする機会があり、そこで「どの商品が好きか?」と聞かれることがあったんですね。何が好きかと言われても、洋菓子をはじめ甘いお菓子が好きだった私ですから、最近買った洋菓子の話をしたんです(笑)デパートに入っている、少し高級な洋菓子店で1500円くらいの果実のコンポートを買ったのですが、ワインレッドのベルベット調の箱に入って売られていて、すごく素敵だったんです。ただ、家に帰って箱をよく見ると、実はペラペラの段ボール紙に布が貼られているだけでした。見た目はきれいでも、実は裏から見ると意外と簡素な作りだったんです。そんな話をしたら、面白い視点を持っていると思われたようで、マーケティング部に異動になっていましたね。
―そこからはずっとマーケティング部でお仕事をされているんですね
2年目から今に至るまでマーケティング部に在籍しています。大学1年生の時に出会ったポテトチップスとここまで長いお付き合いとなるとは、驚きです。ただ、学生時代に研究していた花の色の研究がパッケージデザインを考える時に役に立っていますし、「マーケティング」についても、「広告の仕組や業界」についても全く知らなかった状態でのスタートだったので、固定観念を持つことなく逆に自分らしく仕事をしてこられたと思っています。
「多様性」を生み出しスナック菓子市場を盛り上げる。業界2番手だからこその挑戦
―現在はどのようなお仕事を担当されているのでしょうか
現在はマーケティング部の部長という立場でもあり、商品だけではなく、「湖池屋」という会社全体のブランディングに繋がる仕事をしています。
一例を挙げると、営業部門のメンバーと商品理解を深める勉強会をしています。商品の知識や理解を深め、全社員が同じ意識をもつことができるように、深いコミュニケーションを取り、熱量を高めています。結果として会社組織全体を強固にすることに繋がると考えています。
他にも多くの方に商品を好きになってもらうために、広告戦略を立てています。湖池屋としてどんな魅力を出したらいいのか、商品・会社全体を見て立案しています。その中には、例えばロゴの刷新といった仕事にも携わりました。
―このお仕事の醍醐味、面白さはどこにあるのでしょう
湖池屋は業界で2番手の会社だからこそ色々な面白みがあると思っています。業界トップの会社と違い、チャレンジをし続けなければなりません。逆に言うと、常に商品を通じて驚きや喜びを届けるチャンスがたくさんあるということです。それに、元々の湖池屋のファン層は「こだわったものが好き」「自分だけが好きなものがある」という思いを持った方が多く、その分、こだわった個性の強い商品にチャレンジすることが出来るのです。私は人に喜んでもらうことが自分自身の喜びとなる気質ですから、楽しんで仕事をすることができていますね。
―17ブランドを展開している湖池屋で、1ブランドごとに2~3ヶ月に1回のペースで新しい味の商品をリリースされています
食品メーカーの中には色々なカテゴリがありますが、その中でもお菓子は食べる時に笑顔になるものですから、ポジティブで明るいイメージを持たれるものだと思います。人を喜ばせたり、驚きを届けたり、好きになってもらうというためには、消費者にそう思ってもらう機会をたくさん生み出していかなければなりません。そうでなければそっぽを向かれてしまいます。
会社の方針として、「カラムーチョ」などの商品ブランドを高めていくのではなく「湖池屋」という会社そのもののブランドを向上させていこうと考えています。湖池屋を知ってもらい、「あの会社から出る商品って良いよね」と思ってもらいたいですし、そのためにはチャレンジを続けていかなければなりませんよね。
また、世の中は不確かなものです。ロングセラーと呼ばれる商品が未来永劫人気を博し続けるということはありません。つまりチャレンジをし続けなければ、安定に繋げることができないのです。
それに、スナック菓子は100円、150円など気軽に楽しめるものです。数十万円もするようなブランド品ではないので、何度も購入するものですよね。だからこそ、毎回楽しんでもらえるように変化や冒険にチャレンジしていかないといけないと思っています。100円、150円だから何でもいいやということではなく、袋を開けて食べきった時に、良かった、また買おうと思ってくださるようにしないといけません。
17ものブランドがあるのですから、Aのブランドのファンに喜んでいただく、Bのブランドのファンに喜んでいただく・・・とやっていくと、自然と2~3ヵ月に1回のペースで新商品が生まれてくるものです。
―平均単価が下がり続けるポテトチップス市場で、価格ではなく価値に重きを置いた商品を生み出していることも、いまのお話からうなずけますね
コモディティ化とは対極の位置にあると思っています。これまで、ポテトチップスはじめ、スナック菓子の価格は下がり続けてきましたが、売れる個数は大して変わりませんでした。そうした中で各メーカーがやる打ち手は、味を変えるなどの小手先の取り組みが多い状況でした。
そうした同じ価値観の中に居続けてはいけないと考え、お客様にワクワクを与えることにシフトしようと考えたのです。業界2番手である湖池屋の使命はトップメーカーとは違う色をだすことや、多様性を打ち出すことです。そうなることで売り場も活性化し、ひいては業界全体も活性化させる役割を担うことが出来ていると考えます。
―湖池屋の皆さんは一人ひとりが同じような姿勢で仕事に取り組まれているのでしょうか
会社が目指す方向もはっきりしています。あとは一人ひとり自分自身と商品を磨き続けるだけです。湖池屋の企業規模ですと、社歴や年齢に関係なく様々な仕事を経験できる機会も多く、やりがいを感じながら、日々仕事をすることができます。だからこそ、切磋琢磨し合うことが出来ているように思いますね。
マーケティングの本質は人の心をどう動かすかにある。人の生活の一部となるために
―世の中の流行や機微に敏感に反応していかなければならない仕事です。どうやって感覚を磨いているのでしょう
世の中で流行っているものを研究することが好きなんですよね。なので、芸能人研究もしますよ(笑)。ドラマの反響をSNSで見ることもしていますし、鬼滅の刃のヒットの理由も考えていますね。
流行りのものについてインターネットで調べ、その情報から自分なりに流行した理由について仮説を立てるトレーニングをしています。新しいファンを獲得するためにどんな工夫や背景があるのかを考えているのです。
芸能人も同じように分析対象にしています。AKB48と乃木坂46のファン層やアプローチの違いは何か、同じジャニーズ事務所所属のアーティストでもグループや個人によってどんな違いがあるのか、などと考えていますね。また、そのシーズンに放映されているドラマの演出と、放映後のSNSの呟きからどんな内容に、どんな反応を示しているのかといったことを見ています。
ファンに喜んでいただくためにどんどん新商品を生み出しているというお話をしましたが、そうした人々の反応や心の動きを湖池屋の商品に落とし込むと、どんな工夫ができて、どんな風に人々を驚かせることができるのかと、あらゆる研究で得られた気づきを結びつけるようにしています。
芸能人であれ、ドラマであれ、商品であれ、流行の本質はいかに人の心を動かすことができているか、という点です。そのためには人の心を知る必要がありますが、例えばSNSに投稿されている一つ一つのコメントには投稿者の心が宿っています。だからコメントを分析するということで本質に近づくことができると考えています。
―具体的に芸能人やドラマなどの流行しているものの研究を、どのように仕事に生かしているのでしょう
研究そのものは自分の脳の使い方の訓練でもあるんです。とあるドラマの、あるシーンの、ある俳優の話し方に視聴者が注目していたとして、それが何故注目されているのか、そこで得られた要素を販促物のコピーに落とし込むとどうなるか・・・といったように考えていますね。
また、どんな商品だったら人々に驚きを届けられるのか仮説を色々と立てていますが、それが正しいのかどうか、ある意味で証明に近い様な役割を果たしているように思います。
マーケティング活動には正解というものはなく、気付いたことはどんどん実行していくしかないんですよね。商品をつくるにしても何回もトライして、その過程を何回も検証する必要があります。
時に、マーケティングというとデータを読み解くことのように考える人もいます。POSデータを読み込む、購買層を分析する・・・そうした作業は必要ですが、あくまで参考書であって、予言書ではありません。データに踊らされすぎてしまうと、人の心を動かすという本質から離れていってしまいます。これまでの経験からしても、参考書通りに施策を打ってあまり良いことはありませんでした。
―お話を伺っているとマーケティングのお仕事とは非常にクリエイティブだと思いました
アイデアをどんどん出していくという点では確かにクリエイティブなのかもしれませんね。ただ、生み出した商品がある人の生活に溶け込んでいくようにしていかなければならないので、マーケティングの仕事のゴールは自分の生み出した商品が人の生活の一部となることだと思っています。
―人の生活の一部となる、というのは印象的ですね。就職活動を控える学生や20代の社会人の中にはマーケティングの仕事に憧れを持つ人も少なくないかと思います。そうした読者にメッセージをお願いします
マーケティングを担当するということは、分析することやコンサルティングするということではありません。世の中の人や社会に対し、どんな商品だったら貢献できるのかを考えるということです。
そしてそのためには、相手の心を知り、理解する力が必要です。今、お仕事をされている方は自分自身の仕事でそれが出来ているのかを振り返ってみると良いのではないでしょうか。所属している会社がどういう状況で、自分がどんな役割にいて、だからどんな仕事に取り組むことになりそうかと考え、そしていざ上司から仕事を指示された時に背景には何があるのか考えてみると良いと思います。
例えば、資料作成は日常的なタスクですよね。その資料を作って上司に提出したら、ここを修正してくれ、と指摘を受けるのはよくある話です。でも、その指摘通りにやるだけではなく、相手の心を考えて何故そうした指示を出すのか察するということがマーケティングの第一歩です。
こうした場面など、身近なところでの意識や行動が、マーケティング担当として案件に取り組むことに繋がっているように思います。
言い換えれば自分優先ではなく相手を思うことかなと思います。自分ばかりではなく、周りに目を向けて、外に意識を持つことが重要だと思います。そして先行き不透明な時代ですから、より洗練された考えやアイデアが大事にされるようになっていきます。そうしたアイデアが出せるように、情報収集能力を高めることも大切になってきていると感じています。
◇ ◇
【株式会社湖池屋】
1953年創業。日本で初めてポテトチップスでの量産化を実現し「ポテトチップス」「カラムーチョ」などの数多くのロングセラー商品を生み出す。2016年10月1日、コーポレートブランドを再編し(株)湖池屋に統一。「新生・湖池屋」が誕生。翌年には自社のプライドをかけた新生・湖池屋第一弾商品として「KOIKEYA PRIDE POTATO」を発売。以降、スナック菓子の価値向上を目指し独創的な商品を次々に生み出し続けている。海外市場へも積極的に進出する他、北海道・南富良野町での森林保全活動『じゃがいも心地の森』など、環境保全事業にも幅広く取り組んでいる。