行先は入所施設なのに…「おみやげ、買ってくるわよ!」 戻れないことを知らぬまま、自宅をあとにする認知症高齢者

長岡 杏果 長岡 杏果

超高齢社会を迎えた日本は、高齢者だけではなく認知症患者数も増加しており、2025年には高齢者に占める認知症患者の割合は、約5人に1人と推測されています。認知症になると認知機能が低下し、日常生活にさまざまな支障をきたします。記憶障害や見当識障害、理解力や判断力の低下がなどが生じるため、周りの人は「何を言ってもわからない。判断できない」との思い込みから、認知症の方の尊厳が軽視されてしまう現状があります。

認知症を患っている80代のKさんは約10年前に最愛の夫を失くし、その数年後、認知症を発症しました。Kさんには子どもはおらず、認知症を発症してからは介護保険サービスを利用しながら、夫と購入した築45年の自宅に一人で暮らしていました。しかし徐々に認知症の症状が進行し、外出すると自宅がわからなくなったり、夜中に外出し、警察に保護されることが多くなってきたのです。Kさんは保護されたことを覚えていません。Kさんの身の安全を最優先に考えた親族は、施設への入所を希望するようになりました。

Kさんが入所できる施設は、思ったよりも早く見つかりました。自宅で過ごせるのもあと残り3週間。そのことをKさんは知りません。親族は入所することをKさんに伝えると、きっと拒否するだろうと考え、本人には伝えずに入所させたいと強く希望しました。Kさんの支援をしていたケアマネージャーやスタッフは、本人が理解できない可能性はあるものの事前にKさんに伝えることを提案しましたが、親族は「言っても忘れる。言う必要はない」と頑なに拒みました。

迎えた入所当日。着替えなど大きな荷物が車に運び込まれるのを見たKさんは「いまから旅行に行くのね。みんなでどこに行けるの?楽しみだわ」と満面の笑みを浮かべ、車に乗り込みました。見送りに自宅に来ていたケアマネージャーに「おみやげ、買ってくるわよ!」と笑顔で手を振り、車は施設へと出発しました。

認知症患者の「尊厳」とは…

身の安全を最優先に考えたとき、施設への入所は選択肢の一つとなります。しかし、最愛の夫と一緒に暮らした自宅に別れを告げることなく、旅行に行くと思い自宅を離れるKさんのことを考えると、いたたまれない思いでいっぱいになります。認知症の方は「伝えても忘れる」「言っても理解できない」と思われがちですが、認知症を患っていてもその瞬間の感情は、しっかり残っていると思います。これまで頑張って生活を送ってきた自宅に、一瞬でも別れを告げる場面を作ってあげれたら…。

認知症の方を見守り介護する家族や親族の負担が大きなものであることは間違いありません。しかし、身の安全と同じように尊厳も大切にすることを忘れてはいけないように思います。決して親族の方を非難しているわけではありません。認知症が身近なものになるこれからの時代、認知症への理解が深まることを願うばかりです。

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