「娘と暮らす私は本当に幸せ者なの?」高齢女性の一言から発覚した、同居家族からのネグレクト

長岡 杏果 長岡 杏果

「超高齢社会」に突入した日本が抱える問題の一つに高齢者への虐待があります。高齢者虐待とは高齢者虐待防止法において「身体的虐待」「介護・世話の放棄・放任」「心理的虐待」「性的虐待」「経済的虐待」の5つの行為と定められていますが、私たちの身近な場所でも起きています。今回取材を受けてくれたのは関東在住のMさん(介護施設・50代)です。Mさんが勤務する施設を利用する高齢女性のある一言がきっかけとなり、虐待が発覚したのです。

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Mさんが勤務する施設に通うTさん(80代)は認知症の症状が見られるものの、体はとても元気でお話が大好きな女性です。Tさんには娘さんが一人おり、娘夫婦と二人の孫と同居しています。Tさんはいつもうれしそうにお孫さんの話をしてくれていました。いつものように他の利用者の方や職員がTさんに「おうちはにぎやかでいいですね」「娘さん家族と一緒に住んでいてうらやましい」と話していると、Tさんは悲しげな表情で一言つぶやいたのです。「娘と暮らす私は本当に幸せ者なの?」と。

もしかして…ネグレクト?

Tさんが口にした一言が気になったMさんは、Tさんの家の状況をケアマネージャーに聞きました。ケアマネージャーは「いつも娘さんがTさんの介護をしている。最近食事の量が減ったと話していた」と教えてくれたのです。

Mさんはケアマネージャーの話を聞き、疑問に思いました。なぜならTさんは施設で昼食を食べる際、食事を残したことはなく、ときに食事が足りないと言うことがあったからです。毎月施設では体重測定をしており、Tさんの体重が徐々に減っていたことも気になっていました。その他にも衣服が汚れたままになっていることもあったため、Mさんは介護の放棄、つまりネグレクトを疑うようになったのです。

認知症という言葉の脅威

Mさんは施設責任者とケアマネージャーと相談し、Tさんの娘さんに話を聞くことにしました。娘さんはしっかり介護をしている、何も問題はないと話しました。しかし、MさんがTさんに話を聞くと「夕飯はもらえない。食べていない」と話すのです。

そこで娘さんに再度話を聞くと「認知症だから。何も覚えていない。食べたことも!認知症の人の言うことをどこまで真に受けるのか」とネグレクトを否定しました。確かにTさんは認知症ではあるものの、食べたことを忘れてしまうほどの状態ではありません。施設責任者とケアマネージャーは自治体に相談することにしました。

介護者の負担が虐待の一つの要因

自治体がMさんの自宅を訪問すると、Mさんは家具やエアコンがない部屋に一人でいました。娘さんに話を聞くと毎日の介護が大きな負担でストレスがたまっているようでした。…育児もあるためつらい。ストレスがピークに達し、数日夕食を準備しなかったことや洗濯をしなかったことがあったと話してくれたそうです。

認知症の方が事実を話してもなかなか本当のことと認識してもらえないことや、介護者の負担が大きくストレスになっていたことが今回のネグレクトの要因の一つと考えられました。

娘さんの介護の負担を軽減するためのサービスを利用した結果、Tさんと娘さんの関係性はよくなり、Tさんは「娘がよくしてくれるようになった」と笑顔で話してくれるようになりました。また娘さんも困ったことがあれば、ケアマネージャーやMさんの施設にも連絡をくれるようになったのです。

今回の取材から日本が抱える超高齢社会の課題は医療費の増加だけではなく、高齢者の方はもちろん認知症の方、そして介護者のケアが必要であり、また当事者だけではなく地域全体で取り組むべき課題だと強く感じました。

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