ネット誹謗中傷と戦い20年以上 「申し訳ない。警察の怠慢です」警視庁刑事はスマイリーキクチさんにわびた

辻 智也 辻 智也

 ネット上で「殺人犯」と事実無根のレッテルを貼られ、長く中傷被害に苦しむ芸人のスマイリーキクチさん(50)の講演会が、京都市下京区の「ひと・まち交流館京都」で開かれた。スマイリーさんが、長年被害を受け続けて追い込まれた心境や、ネット中傷の悪質さについて訴えた。講演の内容を紹介する。

ネットにデマ書き込まれ、テレビ局に苦情1000件

 スマイリーさんへのネット中傷が始まったのは、まだガラケーしかなかった1999年。所属事務所のネット掲示板に「殺人犯」と書き込まれたのがきっかけとなった。

 なぜ、こんな根も葉もない話が出たのか。僕の高校時代に起きた「コンクリ詰め殺人事件」の犯行グループにいた少年の一人として、僕の本名がネットに書き込まれ、「スマイリーキクチの本名じゃないか」とデマが一気に広がった。

 事務所の掲示板などに、「殺人犯」というデマを信じた書き込みが、すぐに300件ほど発生した。本人を装う「スマイリーキクチです。過去のことは許して」という書き込みもあった。

 事務所は「事実無根です」と発信したけれど、「やってない証拠出せ、開き直るな、殺すぞ」などと、ネットで火に油を注ぐ形になってしまった。1回テレビに出演すると、テレビ局に千件くらい「殺人犯出すな!」とメールや電話が入るようになった。

 ネット掲示板の「2ちゃんねる(現・5ちゃんねる)」に削除要請したが、相手にされなかった。2003年頃にいったん落ち着いたが、2006年にテレビに出ると、また苦情が千件くらい来た。

「そんなの、いたずらですよ」警察にもあしらわれ

 誹謗(ひぼう)中傷は、さらにエスカレートした。警察に相談しても深刻に受け取ってもらえず、精神的に追い込まれる状況が続いた。

 「家族を殺そう」とか「○×駅で女といるの見たぜ」とかの悪質な書き込みも出てきた。彼女の特徴も書かれ、「本当に近所にフェイクを信じているやつがいる。やばい」と思った。

 警察に相談したら、「そんなのいたずらですよ」と相手にされない。「9年間もやられている。彼女も危ない」と必死に説明しても、「やられてから110番して」「こんな小さな事件できない」の繰り返しだった。

 サイバー犯罪を扱う生活安全課にさえ「殺されたら捜査してあげる。ネット見てる人、みんなおかしいよ」と言われた。彼女は涙を流し、2人で「どうしよう」と追い込まれた。

デマを本気で信じていた高校生や妊婦たち

 しかし、事態は最初の書き込みから約9年を経て、動きだす。ネット犯罪に詳しい弁護士や刑事と出会い、スマイリーさんへのネット中傷は事件化に向けて捜査が進んだ。

 2008年、ある友人がネットに詳しい弁護士を紹介してくれた。刑事告訴に向けて動き始め、警視庁中野署の刑事課に行くと、お笑い芸人の「ピコ太郎」みたいな警察官に見えない刑事さんが出てきた。

 その刑事さんは、ネット犯罪に詳しく「コンクリ殺人事件」の捜査にも関わっていた。すぐに「この事件、俺が担当するよ」と言ってくれた。そして、「なんで警察に来なかったの」と聞かれた。これまでの経緯を説明すると「申し訳ない。警察の怠慢です」と謝罪してくれた。あきらめないで良かった。

 捜査で、誹謗中傷の書き込みをしていた人物が何人も特定された。普通のサラリーマンや高校生、妊婦さんもいた。ほとんどの人がデマを本気で信じていて、「正義」に基づき良いことをやったと思っている人もいた。

動き出した事件、助けてくれた芸人仲間たち

 2009年までに、特に悪質なネット書き込みをした計19人が検挙された。事件は、新聞に大きく掲載され、全国ニュースでも報道された。反響は大きかった。

 ニュースの放送中、友人のタレント松村邦洋さんから電話がかかってきた。「大丈夫?ニュース見てるよ。外も出られないでしょ。近所のラーメン屋とか寿司屋、ピザ屋、松村のツケで出前取れるようにしといたから」と助けてくれた。

 千原せいじさんも「ニュース見たぞ、前例のない事件らしいな。ええ弁護士つけろ。100万円でも200万円でも出したるから」と電話で励ましてくれた。多くの人の言葉に、本当に励まされた。

 それでも、「被害者ぶるな」という書き込みが続いた。2017年にも僕がイベントに出るとき、「ナイフでめった刺しにしてやる」という書き込みをされた。2021年6月にも、同じような書き込みがあった。被害はまだ続いている。

「正義と暴力は紙一重」正しさの証明ために他人を攻撃

 スマイリーさんは、ネットやSNSは便利なツールである一方、人を深く傷つけ、簡単に犯罪加害者になってしまうリスクもあることを知ってほしいと訴える。そして、情報リテラシーや冷静な判断の大切さを説く。

 新型コロナ感染者や、あおり運転の加害者と間違えられた人がネットリンチに遭ったりしている。安易なツイート、差別的な書き込みで簡単に犯罪加害者になってしまう面もある。

 でも、怖いのはSNSではない。正義と暴力は紙一重。「新聞やテレビはうそばかり」と信じ、ネットで自分に都合の良い情報ばかり集め、「正論」とする人がいる。「正しさ」の証明のために他人を攻撃し、デマを拡散し、孤立を深めていく。

 僕は事件当初、絶対に仕返ししてやろうと思っていたが、今は自分がどうしたら笑顔でいられるかを考えている。ストレスがたまっている時代だからこそ、優しい言葉を使っていきたい。

この講演会は、京都市下京区の住民団体でつくる「下京区ふれあい事業実行委員会」と、下京区役所が共催した。

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