飼い主に愛されたペットの魂は、亡くなった後すぐに成仏するから、ここに来ればいつでも通じ合える…。ある日本画家の女性が、石選びから設置工事までの全費用を個人で負担し、お寺に猫専用の「供養塔」を寄贈した。飼い主がペットのお墓を建てたり、寺院が有志から寄付を募ってペットの供養塔を建てたりする例は珍しくなくなったが、個人で費用を負担して、お寺へ供養塔を寄贈する例は数少ないようだ。経緯と思いを聞いた。
猫専用の供養塔「猫愛塚」の寄贈を受けたのは、大阪府東大阪市東豊浦町にある、鞍馬山護国院というお寺。門をくぐって敷地内へ足を踏み入れると、表面を鏡のように磨かれた真新しい石碑が建っている。正面に大きく輝く金色の梵字は動物を意味し、「イー」と発音するそうだ。
寄贈したのは、とある日本画家の女性。この方、実は鉄道ジオラマの上を猫たちが闊歩する動画で知られる、大阪市寺田町にあるジオラマ食堂のオーナー寺岡直樹さんの母親である(本稿ではTさんと呼ぶ)。Tさん曰く「名前を伏せたいのは、しがらみが面倒くさくなるから」とのこと。石碑の裏にも名前は明記されておらず「施主 某女建之」と彫られているだけだ。
なぜ、自費を投じて供養塔を寄贈したのだろうか。
「息子が猫を可愛がってお店をやっていることも、もちろんあります。せっかく保護しても、命が尽きてしまう子がいて『寂しいな』というんです。だったら、寂しくないようにすればいいんじゃない? 魂の行き先が分かればいいわよね。単純に、そう思ったんです」
Tさんの行動は早かった。友人である石材店社長に石選びを依頼すると「商談でちょうど香川県にいるから」と庵治(あじ)石を勧められた。
庵治石は、香川県高松市東部にある庵治町と牟礼町だけで採れる高級石材だ。風化に強いので、古くから墓石や燈篭に利用されている。
「石のことはよく分からないから、お任せしました。私からお願いしたのは、そばに寄ったら見えるくらいの線で猫の姿を彫ってほしいということだけ」
確かに、梵字の周りに繊細な線で彫られた5匹の猫は遠目には見えづらく、近くに寄って顔を近づけたらやっと見えるくらい。
ところで基礎工事、土台、庵治石の石碑、そして彫刻などなど、工費がいくらかかったのか気になるところ。
「いえません。いわないほうがいいと思うんです」とTさん。それでも、かなり安くしてもらったとのこと。
「動物には人間のような執着がないから、すぐに成仏する」
Tさんが猫愛塚を護国院に寄贈した理由は、住職中村好覚さんの長男、好臣(よしおみ)さんがジオラマ食堂と懇意にしていたご縁があったからだ。
「長男から『供養塔を寄贈してくださることになった』と聞いたのは、Tさん側の段取りが決まった後でした」(好覚さん)
「問題は、建てる場所ですよね。ご覧のとおり、敷地があんまり広くありません。でも何かの導きでしょうか、庭にあった桜の木が病気で枯れてしまったので抜いたんですよ。そこが、ちょうど空いたのです」と副住職(取材時)の中村巴鷹(はよう)さん。
そこでお礼と挨拶のため、巴鷹さんが母親を伴ってTさんの自宅を訪ねた。Tさんは、このときの印象をこう語る。
「とってもいい方たちだと分かって、お任せできると確信しました」
このような経緯があり、約半年後、護国院の境内に猫愛塚が完成。2021年11月27日に開眼法要が行われた。
折しもこの10日ほど前に、ジオラマ食堂で保護した子猫の「キキ」が手当ての甲斐なく亡くなった。「キキ」は猫愛塚で供養される最初の猫になり、開眼法要の後、遺骨の一部が納められた。
巴鷹さん曰く「人間と違って動物には執着がありませんから、すぐに成仏するというのが仏教の考え方です。ましてや人に可愛がられていたペットなら、すぐにあっちの世界へ行ってしまいます」
「石碑は魂の依代(よりしろ)です。魂が依りつく対象ですから、いつでもお参りしてください」(好覚さん)
人間の世界では葬儀の簡素化や小規模化、あるいは葬儀そのものを行わず火葬だけする直葬が少なくない。ペットを供養できる余裕のある生活を送れているのは、ご先祖や親、周りの人たちのおかげだと気づくきっかけに、猫愛塚がなればいいと巴鷹さんはいう。
仏教では獣、鳥、虫、魚など人間以外の生き物を「畜生」といい、畜生道、餓鬼道、地獄道を三悪趣または三悪道という。語感は良くないが、猫は畜生だ。
「畜生だけを供養してはいけないので、私が塚の横に塔婆を立てました。あれは畜生以外のものを供養する塔婆です」(巴鷹さん)
護国院では猫愛塚を大々的に売り出すつもりはないが、供養の相談があれば受け付けるという。ただし、猫愛塚は供養塔であってお墓ではない。お墓は別の場所につくってほしいとのこと。
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