善意で拡散の白杖SOS、実は当事者が望んでいない!?「廃れてほしい」「もっと声を掛け合える社会に」

黒川 裕生 黒川 裕生

今年10月から11月にかけてSNSなどで話題になった「白杖SOSシグナル」問題が、12月に入ってもまだくすぶり続けています。これは「白杖を両手で頭上に掲げたら周囲に助けを求めている合図」だとするシグナルに対して、白杖を使う当事者からは繰り返し批判の声が上がっているにもかかわらず、主に視覚に障害のない晴眼者の間で「知らなかった」「大切な知識ですね」などと何年もの間「善意」で拡散されているという曰くつきのトピック。当サイトでは12月2日に「SNSで何度もバズる『白杖SOSシグナル』視覚障害の当事者たちは実際どう思っている?」という記事を書いたばかりですが、あらためて2人の当事者を取材しました。

一見「良いこと」なのに何が問題なのか

このシグナルは、40年以上前に福岡県盲人協会が提唱したのが始まりです。その後、趣旨に共鳴した岐阜市が2015年3月に公募でシンボルマークを制定。以降、岐阜市や岐阜県視覚障害者福祉協会、日本視覚障害者団体連合などが全国的な普及啓発を目指しています。

シグナルの意味やシンボルマークが生まれた経緯を読んでも「どこに問題があるのか」「むしろ必要な合図なのでは」と感じる人が多いのでは。事実、右目の視力がなく、左目は弱視という白杖ユーザーのLさんも「遠慮がちだったりして助けを求めにくい人でも気軽に訴えられるサインを―という考えがベースになっていて、ちょっとした動作で白杖ユーザーであることをアピールできるのは良いことだと思います」と一定の意義は認めています。

しかし、Lさんはこの部分にこそ強い懸念を覚えるそうです。

「本来ならばこうした組織がまず取り組むべきなのは『簡単に助けを求められるサインを考えること』ではなく、『白杖を持ち歩いている人は道交法的にも最優先で保護される存在なのだと周知徹底すること』のはず。その前提が広く共有されていれば、白杖を持っている時点で周りの人も意識を向けるでしょうし、わざわざこのようなポーズをする必要はないのです」

さらに、物理的な危険性も指摘します。

「視覚障害者が周囲を探るための白杖を真上に掲げる時点で、晴眼者が真っ暗闇の中で懐中電灯を消すのと同じようなリスクが生まれます」。また頭上に蛍光灯や非常ベル、監視カメラ、落下防止ネット、木の枝などがあった場合の破損リスク、落下物が近くの人や自分に当たるリスクなども無視できないといいます。

そもそも当事者に浸透していない

当事者からはしばしばこのような異議が呈されているシグナルですが、そもそも全国の視覚障害者が認識する「共通ルール」にはなっていません。

視覚障害者の相談員で自身も全盲のTさんによると「Twitterなどに日常的に接している当事者は『シグナルは知っているけど自分では使わない』という人がほとんど。地域の視覚障害者団体に入っているような人もほぼ無関心というか、Twitterなどでシグナルが独り歩きしていること自体、知らない人が多いような気がします」とのこと。盲学校などの歩行訓練でも特に推奨されておらず、指導にも加えられていないのが実情だといいます。

それでもTwitterなどでは「白杖SOSシグナルを見たら声を掛けよう」という投稿が何度も行われ、爆発的な反響を呼ぶことも珍しくありません。もちろん誰もが良かれと思って言及しており、実際に支援につながった例もあるようですが、そうした投稿を見聞きすることで、シグナルを「(法的)ルール」だと勘違いしてしまう人がいるのも事実です。

Lさんは「手を上げて『どなたか助けてくれませんか』と言いながら杖で足元を叩く…といったシンプルな手法はいくらでも考えられますが、一度これがルールだと認識されてしまうと固定観念が生まれ、危険な状態にある当事者への介入が遅れるといった事態にもつながりかねません」と警戒します。

Tさんも「白杖を持っていること自体が視覚障害、もしくはそれに準ずる何らかの障害を抱えていることを示しています。『助けが必要な場合は白杖を頭上に掲げる』という特定のイメージが固定化されると、結果的にSOSを求める方法や受け取る側の感受性を狭めてしまうのでは」と案じています。

シグナルで生まれる軋轢や分断…本音は「廃れてほしい」

とはいえ、当事者からのこのような意見に対しては、晴眼者から「では結局どうすればいいのか」「困っているならわかりやすくアピールしてほしい」といった反応も見られます。Lさんは「白杖を持つことの意味が周知されていないので、ある意味で当然の意見でしょう」との受け止め。一方、Tさんは「どんな場合に声を掛けていいのかわからないという人の気持ちは理解できます」とした上で、「私たちも周囲に手助けを求める際は『急いでいるのでは』『迷惑にならないか』と気を使うので、踏み出すには勇気が必要です。だからこそ、シグナルを巡ってさらに不要な軋轢や分断が生まれてしまうことが何より残念」と話します。

今後、シグナルはどう扱うべきなのでしょうか。

Lさんは「リスクがあるマイナールールですが、それを理解した上で選ぶのは本人の自由です。ただ、個人的には事故などが起こる前に廃れてほしい」と話します。

「本来こんなものは必要ないのですから、当事者も周囲の人ももう少し勇気を持って気兼ねなく声を掛け合える社会になればと思っています。もちろん白杖ユーザー側も、声を掛けてくれた人に失礼な態度を取ることがないよう、意識改革していく必要があります」

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