お月見飾りにススキは不可欠。それには遠い昔から受け継いだ本当の理由が?

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今年の中秋の名月は9月21日でした。それと並ぶ名月とされる十三夜は、今年は10月18日で間もなくやって来ます。さらに翌月11月14日には「三の月」こと十日夜(とおかんや)が控えています。月見というとわが国ではススキの穂が欠かせないアイテムとなっています。その理由は、ススキの穂が稲穂に似ているのでそれに見立てて飾り、実りを感謝するのだという説明がされます。しかし、それは間違いです。ススキが飾られるのにはもっと深い、本当の理由があったのです。

「稲穂に見立てて」が通説のお月見のススキ。でもそうではないのです


ススキは「稲穂の代用」ではない!そのわけとは

「中秋の名月」とも言われる旧暦八月十五日の月見の風習は、平安時代に唐から伝わり、王朝貴族の間では10世紀ごろから月見の宴が催されました。ところが、中国はもちろん、平安王朝でも月見にススキなどまったく登場しないのです。
19世紀初頭の『俳諧歳時記』等の江戸末期の書物には、「ススキを必ず飾る」という記述が複数見られますから、江戸時代ごろにはススキを飾っていたことはわかっています。しかしそれが江戸時代にはじまった風習かどうかはわかりません。
ですが、ススキが稲の代用だというのは明らかに違うということははっきりとわかっています。
そのわけとは、たとえば中国の月見(中秋節)で食べられる月餅は、満月を模したものですし、彼岸に供えられる半搗き餅の餡団子は、もともとは意味が違うとは言え、明治期ごろから萩や牡丹に見立てられました(詳しくは ぼた餅とお萩、その果てしなき相克とは?二十四節気「春分」(tenki.jpサプリ 2019年03月20日))。
おせち料理など晴れの料理には、さまざまな「見立て」や語呂合わせが見られます(二色=錦玉子や、めでたい=鯛、よろこぶ=昆布など)し、神前に供える神饌(みけ) には、さばいた後のカモをさも生きているように成型し直す「鴨羽盛」もあります(詳しくは 武神の森で開かれる神々の宴?香取神宮の秘密めいた奇祭「大饗祭」とは(tenki.jpサプリ 2020年11月30日))。
ですから、神への供え物に見立てがないことはないのですが、ごちそうを財宝にたとえることはあれ、安く手に入る食材を高級食材に見立てたり、食べられないもの(ススキ)を食べ物(稲)だと見立てて供えることはないでしょう。神様に対して、そのようなことをするとは考えられません。
月見には「十五夜花」もつきもので、各地でその時期に咲く花を供えました。ススキもその一つとして供えられたもっともスタンダードな草花である、と考えることもできます。しかし、実はススキには月見で特化した役割があることがわかっています。
茨城県や栃木県では、十五夜には二本のススキ、十三夜には大根を二本供えます。埼玉県や東京都では二尺(60cm強)の茅箸(ススキの茎で作った箸) を十五夜と十三夜の夜に月神に供えます。山梨県では、ススキの茎を1mほどに切りそろえて、その上に供物を置きます。
また、月見の夜に茅箸を作り、家族で食事をする風習が、各地で見られるのです。これらからわかることは、ススキとは神が供物を食べる箸だと解釈され、それゆえに必須に供えられてきた、ということです。

月見団子にお神酒にススキ。このセットは中国にも平安王朝文化にもないものです


ススキという謎の名前。さぐっていくと…

そもそも、「ススキ」という名称の語源は何でしょうか。諸説があり、「群れ集うからすすき」という説は、ちょっとよくわかりませんし、「すくすくと育つ木→すすき」という説は、「スギ」の語源説でも出てくるような、使いまわしとも受け取れます。葉の縁が鋭く、肌がすぱっと切れてしまうように硬いため「すっと切れる」→「すすき」という説もありますが、もしそうなら、それはイネ科の葉の多くに共通するものですし、なぜススキにだけその名が付けられるのかも疑問です。「切れる」が「き」と省略されたというのも無理があります。
全国でもっとも数が多い姓とされる「鈴木」さん。古くは「すすき」と濁らなかったとも言われます。ではススキの語源は「鈴木」なのでしょうか。
鈴木姓の大きな起源が熊野(和歌山県・三重県)にあります。その正式な縁起はこうです。熊野が平安時代の熊野信仰の高まりによる中世の熊野詣でで、御師(おし)や熊野比丘尼の宣伝、先達制度による師壇のネットワークが確立して全国から参詣者が殺到し、「蟻の熊野詣で」と呼ばれるブームが起きます。熊野詣でを迎える側の神職は、その始祖を饒速日命(ニギハヤヒノミコト)の五代後の子孫、千翁命(チオキナノミコト)とする穂積氏でした。穂積とは物部氏のこと。神武東征の折、千翁命が千束の稲穂を捧げたことから「穂積」の姓を賜った、と伝わります。そしてその際、ナギ(椰 暖地に自生する常緑高木)の枝に鈴をつけ道案内をしたという故事にちなみ、後に平安時代に熊野速玉大社の祢宜を勤めた穂積国興(ほづみの くにおき)が分家に際し「鈴木」姓を称し、全国に熊野権現を勧請して回ったことから鈴木姓が広がったと言われます。ススキとはとりあえず関係がないように見えますのでいったん置きましょう(後でもう一度出てきます)。

長野県松本市の須須岐水神社。祭神は何とあの荒ぶる男神でした


奇祭「吉田の火祭り」に見られるススキ信仰の本源にいた神の名は

長野県松本市里山辺に「須須岐水(すすきがわ)神社」が鎮座します。祭神は薄大明神。
江戸時代後期の博物学者で数々の紀行文を著した菅江真澄(すがえますみ 1754~1829年)は、1784年の著書『來目路乃橋』(くめじのはし)で、伝え聞く「片葉の薄」を求めてこの社に立ち寄った記述があります。その際、薄宮の神司(神官)を訪ね、神社の縁起を問いただしたところ、神司が語るには「大昔に厩戸皇子(聖徳太子)が当地を歩き、美ケ原の山中で山賊らしき者と出会ったが、その正体こそ素戔嗚尊(スサノオノミコト)であり、この神が薄大明神である」と。薄大明神はスサノオノミコトだというのです。『信府統記』(1724年)によれば、スサノオノミコトはかつてススキの葉を編んだカヤ船で川を遡上して薄畑なる地に鎮座した、とあります。そして、本殿の巳午(南南東)の位置に諏訪明神を祀る社があり、その傍らに片葉の薄がある。それがご神体であると言い伝えられている、と記述されています。
つまり諏訪明神= 建御名方神(タケミナカタノカミ)が宿る神体がススキだというのです。
須須岐水神社の祭神はすなわち、出雲系のスサノオノミコトとタケミナカタノカミである、ということになります。「スサノオ」の「すさ」は「すすき」の語源と関係しているのではないでしょうか。
柳田国男は『地名の研究』で、関東地方の山地では古い農業技術である焼畑のことを「サス」「サシ」と言ったとします。「スサ」と「サス」にも音符的につながりがあります。焼畑技術を伝えたのはスサノオであるとの伝承もあります。
焼畑が盛んだった地域の地名はほかにも「ソリ」「カッカ」「カヌ」「ナギ(ナギハタ)」などとも言います。「ナギ」で思い出してください。熊野の鈴木姓の発祥は、鈴をつけた椰(なぎ)の木でした。実は熊野権現縁起が出来上がる以前に、「ナギ」という言葉がすでにあったのではないでしょうか。
このように、「すすき/すずき」という名を探っていくと、なぜか「焼畑文化」にたどり着くのです。
鹿児島県の薩摩半島や大隅半島では、八月十五日、つまり十五夜の夜は「ソラヨイ」と呼ばれ、稲わらではなくカヤ、すなわちススキで編んだ綱で綱引きをします。また「お月さんの綱」という太綱を高木に渡し、サツマイモや里いも、落花生や雑穀を吊るして供え物とします。時代とともに稲わらの使用も併用されていますが、それでもカヤの使用が多く、ここには、稲作伝播以前、約3,000年前以来の縄文の焼畑文化の名残が色濃く残っています。十五夜を「芋名月」、十三夜を「栗名月」「豆名月」というのも、実は日本の月見は、稲作文化以前の古層の畑作文化を、私たちが半ば無意識ながら受け継いできたことの表れだと言えます。

吉田の火祭り。麓の町に呼応して富士の峰でも篝火が炊かれます

富士山の麓、山梨県富士吉田市下吉田で二日間にわたって行われる鎮火大祭、通称「吉田の火祭り」は、高さ3mのタケノコ型の巨大な篝火が七十余、各家に組まれた井桁の篝火とともに、町中が「火の海」と化す壮大な火祭りです。現在は北口本宮冨士浅間神社と諏訪神社の合同祭となっていますが、もとは諏訪神社の産土祭であったとされています。そして二日目の神輿渡御の折には、氏子たちがススキの穂をそれぞれ玉串として掲げながら神輿とともに練り歩き、別名「すすき祭」と呼ばれるのです。
篝火に埋め尽くされる祭は、まさに野原一面を延焼させる野焼きのオマージュとしか思えませんし、そしてそこで登場するのはやはり「ススキ」なのです。
日本の月見の重要なアイコンプラントであるススキは、実は稲作儀礼ではなく、それに先立つ焼畑文化時代の儀礼の名残りであり、稲穂の代わりとして飾られたのではなかったのです。「だから何?」という声もあるかもしれませんが、ススキを神様のお箸にしようなんて、古代人の発想、何ともかわいらしいと思いませんか?そして竪穴式住居に暮らしていた遠い時代から変わらない素朴な行事が今もずっと受け継がれてきて、遠い先祖たちと同じ月を見上げていると思うと、何だか懐かしさにも似た感動を覚えませんか?

参考・参照
田園祝祭:さと 旺文社
「水田中心史観批判」の功罪
日本三奇祭 吉田の火祭り

原野の野焼き。史前から続く焼畑農業は今も受け継がれ、月見の精神の中にも

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