愛する人と結婚しわが子を授かった直後、ぼくはうつ病で仕事を失った 36歳の手記①

かいぞう かいぞう

「うつ病」の診断。ホッとしたのも束の間、押し寄せる焦燥感

すぐさま上司に会社を休む連絡を入れました。そしてその直後に、スマートフォンの電源を切りました。誰かから連絡が来るのが、猛烈に怖くなってしまったのです。すぐに布団に潜り込むと、束の間の安心が確保されたような気持ちになりました。

夕方、心療内科に連絡をしました。症状を言うと、運良くすぐに診察してくれることになり、そこで診断されたのが「うつ病」でした。そしてお医者さんからは「診断書を書くからすぐに休職しなさい」と言われました。

意外にも、現実を受け止めるのに時間はかかりませんでした。それは「やっと休める」という気持ちが大きかったからです。その日から、ぼくの休職生活は始まります。毎日の仕事のストレスから解放されたぼくは、ほっとしていました。

しかし、何日か療養していると、今度はどうしようもない焦りが襲ってきました。「これから子どもが生まれるのに働いていないなんて…」「お金がたくさん必要な時期なのに、どうやって生活すれば…」という焦りと罪悪感です。

共働きの奥さんはまだ産休に入っていなかったので、お腹が大きいまま仕事に行っていました。それを見送るのも、とても申し訳なかった。

さらに追い討ちをかけるように、会社からは事実上の解雇という形で退職することになります。会社からは「休職のまま会社に所属させることはできない。個人として仕事を依頼するようにしても良いか?」と言われます。その後しばらく業務委託という形で仕事を頂いていましたが、3ヶ月ほどで連絡は途絶えます。そして完全に失業したぼくは、30歳前半にして無職となったのです。

「こんなパパになるはずじゃなかった」自分を責めた

その日から、ぼくの地獄のような日々は始まりました。

毎日毎日、自分を責め続けました。働き盛りの歳なのに、働いていない。昼間に家にいることの罪悪感。恥ずかしいし、情けない。お金の心配が常につきまとうから、些細な物を買うことすら諦めました。家にお金を入れれていないので、毎日の食事にも遠慮するようになりました。奥さんの稼ぎで生活をさせてもらうということに、ふがいなさを感じていました。

せめて家事全般はぼくが引き受けようと思っていたのですが、思うように体が動かない日もあります。1日の大半をベッドで過ごし、ギリギリの状態で料理、掃除、洗濯などをして過ごしていました。

まさか、こんなに情けないパパになるなんて思ってもみなかった。思い描いていたのは、朝子どもの顔を見て出勤し、それなりに疲れて帰宅した後子どもの世話をして、家事もして、家族で協力して支え合いながらの生活。でも、これから先の未来を想像しても、そんな幸せな将来は、どこにも思い浮かびませんでした。

悩み続け、罪悪感に襲われ、でも解決の為の行動は何もできないまま、ただ時間だけがすぎる毎日。子どもが生まれるのはものすごく嬉しいけれど、将来のことを考えると強い不安感に襲われる、毎日毎日、一日中ネガティブな考えだけが頭をめぐって、離れませんでした。

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