ウサギやヒツジ、トリたちがのんびり暮らす「神戸市立王子動物園」(神戸市灘区)の「ふれあい広場」に、スタッフお手製の車イスに乗り、仲間と一緒に懸命のリハビリを続ける一羽のガチョウがいます。1年前、脚の病気から感染症を併発し、一時は立つこともできないほどになりましたが、決して諦めない姿にスタッフも奮起。一羽と人間たちの試行錯誤の日々と思いを、担当の鹿間春香さんに聞きました。
何度も転倒、それでも立ち上がろうと
シナガチョウのオス「こうちゃん」。同園生まれの20歳(ちなみに、ガチョウの平均寿命は25歳)で、2年前までは5羽いる広場のガチョウのリーダーとして、皆をまとめてきました。
そんな彼に異変が起きたのは、1年前のこと。ガチョウやアヒルに多い趾瘤症(しりゅうしょう)という病気がきっかけでした。この病気は脚の裏にタコができて、重症化すると傷から感染症にかかることも。こうちゃんは元々この病気にかかりやすかったため、これまでも小さなうちに治療したり、脚を保護するなど予防をしたりしてきましたが、昨年5月に感染症にかかってしまい、療養するうちに体力が落ち、脚力が弱って、立てなくなってしまったといいます。
「立とう、歩こうとした時、脚力が戻らず転倒を繰り返してしまう。それでも毎日、何度も何度も立ち上がろうとするんです」と鹿間さん。「その姿を見て『もう一度歩けるように』『こうちゃんの力になりたい』と思いました」
胸当て、車いす…「少しでも負担にならないよう」
こうして獣医師の指導のもとスタッフ6人によるリハビリ計画が始まりました。マッサージをしたり、脚力を付けるためプールでバランスを取る練習をしたり。スタッフが身体を支えながら歩く練習もしましたが、転んで胸を何度も打って傷ができ、それがなかなか治らず患部は悪化する一方でした。
そこで、患部を保護する胸当てを作ることに。歩く時に邪魔にならない構造で、できるだけ軽く、ずれにくいものを-と色々な素材で試しました。「最初は洗濯ネットを使ったのですが、装着に手間がかかった」と2作目はその点を改良。その甲斐あってか傷も少しずつ良くなり、調子が良い日はスタスタ歩けるほどになりました。
ですが、今年3月ごろから、少し歩くとまた転倒するようになったのです。調べると春先からの発情による「精巣肥大」が原因のようでした。
「鳥類は精巣が体内にあるため、ほかの臓器を圧迫して脚の神経などに影響が出ることがあります。脚に力が入らないので翼を広げて前に進もうとすれば脚力を使わなくなりさらに弱ってしまったり、体力も消耗します」と鹿間さん。でも、放置するとまたすぐに脚力が弱り自力歩行ができなくなる…。そこで考えたのが「車イス」でした。
多くの鳥獣を飼育する同園ですが、スタッフらにとってガチョウ用の車イスを作るのは初めて。犬用の車イスを参考に木材を組んで作ってみましたが、重すぎたため塩化ビニールのパイプ製に変更。こうちゃんが歩きやすい乗り心地を目指して高さや角度など調整を重ね、満を持してこうちゃんを乗せてみたところ…乗り心地の良さは抜群なようで、スタッフに補助されることもあれば、自分の脚を動かして歩けるまでになったのです。
鳥が苦手なガチョウも。「動物の気持ち」を第一に
それに伴って、こうちゃんにも“変化”が。かつては警戒心がとても強く、人に甘えるどころかスタッフさえ威嚇するほどでしたが、リーダーの重圧が無くなったからか「性格は少しだけ丸くなったかも?」と鹿間さん。ただ、それでも人に媚びない凜としたたたずまいは昔のままなのだそう。
今は3羽の仲間がいますが、鳥が苦手で人間が大好きなオスの「がっちゃん」、お散歩好きで寂しがり屋のメスの「つゆ」、来園30年で今はバックヤード暮らしのメス「おばあちゃん」(名付けた時すでに高齢だったため命名)-と個性豊かです。「ガチョウはとても賢くて、よく会いに来てくださるお客さんを一人ひとりよく覚えていて、ただ構ってもらえる方に懐くのではなく、お客さんによって反応が違うんですよ」と鹿間さん。
さらに「同じ種類でも動物たちはみんな性格も顔も全然違います。わたしたちスタッフは動物たちと接する時、こちらのやり方を強要するのではなく、動物たちの気持ちを考えながら、飼育方法や接し方を工夫し、少しでも安心して過ごしてもらえるよう努めています」と話します。そんな動物たちのそれぞれの個性を身近に感じてもらい、思いやりを持って接してもらいたいと、全ての動物に手書きの個体紹介看板を掲示しており、「動物とコミュニケーションを取りながら、動物たちにも『気持ち』があることを感じてもらえたらうれしいです」と力を込めます。
現在、緊急事態宣言発令に伴って閉園中の園内では、車イスに乗ったこうちゃんが「自分の脚」で皆と一緒に進む姿が。群れで行動するガチョウにとっては、仲間と一緒の方がスムーズに歩けるといい、リハビリに取り入れているのだそう。一羽のガチョウの必死のリハビリに次々困難が襲いかかりますが、その度に飼育スタッフは策を練り、仲間たちの力も借りながら、支え、見守っているのです。