「私がいなくなっても犬猫たちを守って」乳がんの女性が治療を中断して、保護シェルター建設に奔走する理由

渡辺 晴子 渡辺 晴子

山口県長門市内で20年以上にわたり犬猫の保護活動をしている山下未愛(みのり)さん。保護団体「ちびたまのしっぽ愛(まな)の会」の代表を務め、主に地元の保健所から引き出した犬猫の里親探しに取り組んでいます。昨年6月にご自身の乳がんが発覚してからは、新たに犬猫の保護シェルター建設に向けて奔走中です。

山下さんは「乳がんと告げられたとき、まず頭をよぎったのは犬猫のこと。がんの摘出手術を受けたものの、悪性のがんのため転移や再発率が高く、今後どうなるか分かりません。私が動けない、あるいはいなくなっても自分の活動を仲間のボランティアにそのまま引き継げるよう保護シェルターを作らなくてはと思ったんです」と話します。

乳がんの手術後、抗がん剤を始めたが…

6月に乳がんが分かって8月に手術を受けた山下さん。右の乳房とがんが転移したリンパも全て摘出したとのこと。9月には本業の仕事に復帰しましたが、翌月の10月から抗がん剤治療を始めました。

「私の場合は、私の乳がんはあんまりたちの良い乳がんではなかったので、再発すれば進行がものすごく速いと言われました。まず4回に分けて、強い抗がん剤を使うことになったんです。1回目の抗がん剤のときは1週間ちょっと調子が悪いぐらいで済んだのですが、回を重ねるごとに結構こたえてきて…3回目は全く身体が動けなくなって、抗がん剤でもう自分は死ぬんじゃないかと思うくらい具合が悪くなりました」

そんな寝たきりの状態のときに地元の長門健康福祉センター(以下、長門保健所)から「犬が収容された」と山下さんの元に連絡が入りました。

「動けない状態のときにワンちゃんが収容されたと聞いて、どうすればいいのかとても悩みました。私が保健所から引き出して保護しなければ殺処分になってしまう…実際のところ、自分の年齢とこれからの治療のこととか、ものすごく考えました。4月で55歳になり、10年生きて65歳。今30代だったら先は長いし、治療して頑張れたかもしれません。そういった年齢的なことも考えて、10年後の自分が大事か、今が大事かって言われたら今が大事だと思ったんです」

そこで「寝てる場合ではない」と思い立った山下さん。抗がん剤治療を中断して、収容された犬を保護するために保健所に出向いたそうです。

「抗がん剤治療は10月に2回受けて、11月1回目を受けた際にもう止めました。病院の先生からは『止めない方がいい』と言われたのですが、年明けくらいまで先生とじっくりと話し合った末、治療中断を決意。今抗がん剤治療をして動けなくなることの方が私にとって困ることだったので。また、乳がんが発覚してから、自分が動けなくなる前に私のこの活動を一緒にやっている仲間のボランティアに受け継いでもらう準備を進めようと、保護した犬猫の居場所となるシェルター建設のプロジェクトを立ち上げました」

保護シェルター建設に向けて、昨年8月からクラウドファンディングを始め、1カ月ほどで約1500万円の支援金が集まったとのこと。今年4月には新たにNPO法人「ちびたまのしっぽ愛護会」も設立。現在、病院で定期検査を受けながら、長門市内で保護シェルターの拠点探しに取り組んでいるそうです。

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山口・長門で20年以上の活動 里親に出した犬猫約2300匹

山下さんが保護活動を始めたきっかけは、働いている職場周辺で野良猫が増えたことからでした。もともと自宅で猫を飼っていた愛猫家の山下さん。当時、職場の人が「(野良猫たちを)処分しないといけない」などと言い出し、とても驚いたとのこと。そこで、野良猫たちを守ろうと「私が何とかしますので、待ってください」と処分しないようにお願いしたそうです。 

そんなときに猫の保護活動について記した1冊の本と出会いました。その本を通じてTNR(Trap/捕獲し、Neuter/不妊去勢手術を行い、Return/元の場所に戻す)活動を知り、記載してあった保護団体の問い合わせ先に直接連絡。TNR活動の進め方などを教えてもらったことから猫の保護活動に興味を持つようになったといいます。

そして1998年ごろから、猫のTNR活動をはじめ、犬猫の保護活動を本格的に開始。2014年に保護団体「ちびたまのしっぽ愛の会」を発足させ、その3年後には長門保健所に収容された犬猫のレスキューや里親探しも始めました。

山下さんによると、活動を始めてからこれまで(2020年8月現在)TNRした猫は約900匹、保健所からレスキューした犬猫だけでも約450匹を数え、さらに里親に出した犬猫は約2300匹に上るといいます。現在、100匹以上の犬猫を自宅に抱え、山下さんご夫婦と仲間のボランティアでお世話をしているそうです。

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ボランティアの地元保健所は殺処分2年以上ゼロ

山下さんが1人で担当している長門保健所には、野犬をはじめ授乳中の赤ちゃん猫などが日々収容されています。しかし、同保健所では2年以上殺処分を出していないといいます。それも山下さんが収容された犬猫たちを全て引き受けるからです。

「私の場合は、今すぐ死にそうな子たちも全部出します。もうすぐ死んでしまうという子であっても、保健所の冷たい床じゃなくて、5分、10分でも少しでも温かい毛布を引いてあげたり、ちょっとでも人の優しさに触れたりと、せめて私たちが最期を看取ってあげたいと思うから。大きなケガをして里親につなげるのが難しい子たちも含め、全ての子たちを出しているんです」

そんな犬猫たちへの強い思いは、山下さんのこれまでの活動に表われています。

交通事故に遭った子犬、乳がんの母犬などを保護

昨年6月、長門保健所に収容された生後4カ月ほどの子犬(雌)。交通事故に遭って左前足に大けがを負っていました。当時、子犬を引き出すため、山下さんが保健所の犬舎に到着するやいなや、ものすごい腐敗臭がしたそうです。案の定、子犬の右前足は腐敗し、傷口もウジだらけ。おびえるようにうずくまっていたといいます。山下さんは臆することなく、すぐに動物病院に連れて行きました。子犬の左前足は切断。3本足となりましたが、凛(りん)ちゃんと名付けられ、今では山下さんのおうちで他の保護された犬たちとともに元気に過ごしています。

さらに、今年3月には長門保健所から母犬と子犬5匹を引き出しました。日ごろから連携をとっている関東のボランティアに預かってもらい、母子6匹とも譲渡会に参加。子犬とともに母犬も譲渡先が決まりましたが、譲渡直前に母犬の炎症性乳がんが発覚。がんはあまり良くない状態で、獣医師から「打つ手なし」と告げられました。そのうち乳がんの腫れている部分が自壊してしまい、関東のボランティアさんたちが毎日数回ガーゼを取り替えたり、動けるうちは海辺の散歩に連れて行ったりしてくれたそうです。

「私たちは母犬を黒ママと呼んでいました。保護される前は海辺にいた子だったので、関東のボランティアさんに懐かしい海辺を散歩してもらえました。また、一緒に収容された白い母犬『白ママ』の里親さんからも黒ママのためにと傷口を隠すカバーをいただいて。私も懐かしい匂いを感じてもらいたくて、黒ママが捕獲された辺りの土を送ってあげたりしたんです」と山下さん。

そして…「黒ママは4月末に静かに息を引き取りました。棺には土も一緒に入れてもらって。コロナ禍ということもあり関東に行けず、最期を看取ることはできませんでしたが、黒ママの写真や動画を送ってもらい一人で泣きました。獣医さんによると、黒ママはそんなに若くなかったようで…野良生活の中で出産と子育てを繰り返してきた子だろうと。子どもを育て上げて里親に送り出してから亡くなった黒ママを思うと、母犬として本当に立派だったなと感じます。天国でゆっくりしてもらいたいです」と話します。

がん転移再発の可能性も…「自分の身に何かあったときのために」

こうして犬猫との出会いと別れを繰り返しながら、保護活動に邁進してきた山下さん。今後の目標についてこう語ってくれました。

「今後も担当する保健所の殺処分ゼロを継続することはもちろんのこと、野良猫たちのTNR・保護活動も続けていきたいです。せめて私の近所の野良猫は殺処分と同じように“ゼロ”にしていけたら。さらに、最大の目標である犬猫の保護シェルターの建設を目指して、(がんの転移や再発などで)もし自分の身に何かあったときいつでも引き渡せるような準備を進めております」

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 里親募集をはじめ、ボランティア募集(長門市内の方)や支援金などの問い合わせ先は、「ちびたまのしっぽ愛の会」代表・山下さんの携帯電話080-6306-6513 あるいは、メールアドレスy.gumi1998@gmail.com まで。

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