欧州とアジアが距離的に離れていることは言うまでもない。だが、英国やフランス、ドイツなどの欧州主要国は最近、アジアへの接近を加速化させている。インド洋や南太平洋に海外領土を持つ英国やフランスは東アジアにフリゲート艦を展開し、今後はドイツも日本にフリゲート艦を派遣する計画を明らかにしている。また、今年夏にはオランダ海軍もフリゲート艦を派遣し、米国や日本などと合同軍事演習を行うという。なぜ、英国やフランスなどはこのような姿勢を転じているのだろうか。
まず、その背景には、中国との関係悪化やバイデン政権の誕生がある。新型コロナウイルスが中国を起源とされることから、感染拡大の震源地となった欧州主要国と明確な発生源解明で積極的に対応しない中国との間で亀裂が深まり、それは各国にワクチンを配給するというワクチン外交競争にも発展している。また、習政権は去年7月に香港国家安全維持法を施行したが、それによって民主派への締め付けが強化され、一国二制度が事実上崩壊状態にある。香港の人権問題を巡っても両者の関係が悪化している。
また、トランプ政権時から欧州と中国との間では亀裂が深まっていたが、同盟国・友好国と協力しながら中国へ対抗する戦略を重視するバイデン政権となり、米欧関係の大幅な改善も影響し、欧州の米国への接近は加速化している。インド太平洋構想の基軸となる日米豪印4カ国の枠組み“クアッド”の動きも加速化しており、英国やフランスはクアッドとの協力を強化する意思も鮮明にしており、“クアッドプラス”の様相を呈している。
一方、欧州がアジアシフトを鮮明にする背景には経済的な思惑もある。欧州はアジアの潜在的可能性を熟知している。近年、注目を浴びるインド太平洋地域は、世界全体のGDPの60%、世界人口の65%を占めると言われ、今後のインドやASEAN諸国などの経済発展や人口増加を考えれば、これまで以上に世界経済のハブとなることは間違いない。また、GDP世界ナンバー1の米国、ナンバー2の中国、ナンバー3の日本が集う地域でもあり、今後の新たな国際経済秩序はインド太平洋から生まれ、世界に拡大していく可能性が高い。
今後、米中が主導する形で良い意味でも悪い意味でも秩序形成が進められることになるが、その秩序形成に関与していなければ中長期的には利益を共有できず、蚊帳の外に置かれる可能性もあり、欧州はそこを強く警戒している。これまで戦後の国際経済秩序は米国と欧州を中心に北大西洋の両岸で進められ、英国やフランス、ドイツなどが遠方を気にする必要性は低かった。
それを警戒しているかのように、英国のトラス国際貿易相は今年1月、日本やオーストラリア、シンガポールなど11カ国が加盟する環太平洋連携協定(TPP)へ近く正式に加盟する方針を明らかにした。域外国がTPPへの加盟手続きを行うのは英国が初めてだが、EUから離脱した英国は新たな経済パートナーや枠組みを模索している。また、今年のG7議長国である英国は、中国との関係が冷え込む中、インドとオーストラリア、韓国の3カ国を招待した形で拡大会合を行う意思を明らかにしている。
欧州が遠い東アジアへ接近するだけでなく、インドとオーストラリア、韓国の経済主要国を逆に欧州へ接近させる英国の戦略は、英国の本気度を示している。世界経済のハブは欧米からアジアへシフトしている。欧州のアジア接近は今後とも続くだろう。