「ガラス越しに目が合った!」「膝に乗って甘えてくれた!」ペットを迎えるとき初対面の印象が決め手になることは少なくありません。写真で気に入ったとしても、最終決定は実際に会ってから、という人がほとんどでしょう。でも保科遥香さん(仮名)は違いました。『ペットのおうち』という里親募集サイトで出会った猫に惹かれ、一度も会わないまま家族になると決めたのです。フランちゃんと名付けられたその猫は、掲載時点でまだ保護されておらず、お外暮らしの猫でした。
保科さんが『ペットのおうち』でフランちゃんを見初めたのは昨年3月のこと。先代の猫を2カ月前に亡くしたばかりでしたが、「猫が飼える環境であるのだから、保護猫を引き取ることで保護主さんのキャパを空けたい」という思いだったそうです。捕獲器の中からこちらをじっと見つめるクリクリお目目のフランちゃんの写真には、「美人ちゃんの飼い主さん募集中」と書かれていました。お世話していたボランティアさんの間で「美人ちゃん」と呼ばれていたのです。
「本当にきれいで、この子が野良猫?と思いました。ただ写真は少ないし、捕獲器の中にいる写真だし、全然キャッチーじゃないところに惹かれたんです(笑)」(保科さん)
まだ保護できていない猫の里親募集は異例です。実はフランちゃん、2018年に保護主さんがTNR(T=Trap/捕獲し、N=Neuter/不妊去勢手術を施し、R=Return/元の場所に戻す)活動をしていた公園に突然、現れたそうです。あまりにきれいなので飼い猫だろうとそっとしていましたが、半年たっても飼い主らしき人物は姿を見せず。捕獲して避妊手術をしようと思ったら、すでに手術済みだったことが分かりました。
TNR活動によって手術を受けた猫たちは、目印としてオスは右耳、メスは左耳の先を桜の花びらのような形にカットします。2度目の捕獲・手術を防ぐためで、そうした猫たちは「さくらねこ」と呼ばれるのですが、カットされていなかったということは、フランちゃんはやはり飼い猫だったのでしょう。
改めて耳カットして元の場所に戻され、ボランティアさんからごはんをもらっていましたが、猫同士のコミュニケーションが苦手だったのか、コミュニティには入れず。昼間は排水溝の中でじっとしていて、夜の餌やりの時間にだけ出てくるフランちゃんは、人懐っこいけれど孤独な猫でした。その様子に「もう一度家族を」と思った保護主さんが“ダメ元”で里親募集を始めたのです。
手を挙げた保科さんは保護主さんと一緒に深夜の餌やりタイムに公園に行きましたが、その日に限って出てきてくれませんでした。でも、保科さんの気持ちはもう固まっていたと言います。
「病気があってもいいからうちの子にと言いました。ダメなら一時預かりでもいいのでと。駅から現場まで保護主さんと話しながら歩いたのですが、『このボランティアさんが必死になっている子なら大丈夫』と思えたんです」(保科さん)
一方の保護主さんも、初対面の保科さんを信用できると思えたエピソードがありました。保科さんが以前に飼っていた猫は、保護主さんの知り合いから譲渡された猫だったのです。「あの人が譲渡した里親さんなら大丈夫」。そう確信が持てる“ご縁”があったことで、まだ保護もできていない、希望者に一度も会わせられていない猫の譲渡が成立するというミラクルが起きました。
後日、野良猫・保護猫専門のお手伝い屋さん『ねこから目線。』が依頼を受けてフランちゃんを再捕獲、病院を受診後、保科さんの家にやって来ました。初対面です。
「思っていたより大きいなと。頭が小さいから余計におデブちゃんに見えるんですよね(苦笑)。初日はすごくいい子でした。でも、その後ベッドの下に“引きこもり”に。2週間は夜鳴きもあって、ご近所から苦情が来ないかビクビクしました。ワンルームの部屋から今の家に引っ越して、それまで以上に甘えるようになったんです。もしかして、前の飼い主さんに引っ越しのとき捨てられたのかなあって…。うちに来てまだ1年ちょっとなのに3年くらい一緒にいる気がします」(保科さん)
濃密な時間を過ごしているフランちゃん。保護前の里親募集は保護主さんの“ファインプレー”だったようです。