人生には忘れがたい猫がいる 小学生だった私の世界を、ちょっぴり広げてくれた「パン屋の黒猫」

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人生には忘れがたい猫がいる。その猫の存在が、今の猫愛に繋がっているのかもしれない。そして、その猫を想う時、思い出す懐かしい風景がある。

私が小学生の頃、町内にはたくさんの駄菓子屋があった。一丁目の駄菓子屋はアイドルのカードやおもちゃもある、二丁目の駄菓子屋はお菓子の種類が豊富、三丁目の駄菓子屋はポットが置いてあるので、店内でブタメンが食べられた。

家の近所には、パンやタバコの他、お菓子やアイスクリーム、ジュースや牛乳、少しの雑貨を売るお店があり、おばちゃんとその母親のおばあちゃんが営んでいた。息子さんはいたが、会社勤めをしているらしくお店で見かけることはあまりなかった。

いつの間にかタバコを売っていたおばあちゃんがいなくなり、おばちゃん一人でお店を切り盛りするようになった。

私たち家族は、そのおばちゃんのことを「パン屋のおばちゃん」と呼び、牛乳が切れた時にちょっと買いに走ったり、遠足に持っていくお菓子を買いに行ったりしていた。

入り口は横開きの透明なガラス扉で、入り口の横にはタバコを販売する窓口がある。タバコを買うお客さんは、店内に入らずともタバコを買える仕様だ。

レジの前には人が通れるスペースを開けて、一脚の椅子が置いてあり、そこに座ると、おばちゃんと話をすることができた。小学生の頃、学校から帰ってくると、お店の外から、椅子に誰も座っていないのを確認し、「パン屋のおばちゃん」と喋るため、五十円か百円分のお菓子を買いに行っていた。

学校であったことを報告したり、しりとりをしたり、チラシの裏に絵を書いたり。『パン屋のおばちゃん』はいつも私の話を聞いてくれ、絵を褒めてくれた。

ある日、息子さんであるお兄ちゃんが黒い仔猫を拾って帰ってきた。

 昔は食品を扱うお店で動物を飼うことは歓迎されていなかったので、パン屋のお店部分でなく、住居部分で猫を飼っていたが、レジのすぐ横が住居だったため、仔猫はよくお店にでてきた。

生後一、二ヶ月だったろうか。まだ、毛がピンピンと立っていた、その仔猫はチビちゃんと名付けられた。

動物が飼えなかった私はよりパン屋さんに通うようになった。

チビちゃんは好奇心旺盛で、家部分から出てきて、お店をぐるっと回ったり、そうかと思うと家の奥に入って行ったりした。チビちゃんと遊ぶため、住居部分に上がらせてもらったこともある。

大きな掘りごたつやコツコツと音のなる柱時計。小さいな仏壇。なぜか懐かしい気持ちになったが、親戚でもない、ご近所さんという間柄で家にあげてくれたのが、今、考えると不思議だ。

ある夕方、チビちゃんと遊ぼうとお店に行くと姿が見えない。業者のおじさんと話をしていたパン屋のおばちゃんが、ちらっとこっちを見て「実は、チビちゃん、昨日の夕方、道路に飛び出して車に轢かれてしまったんだよ」と言った。

子供の頃、家族以外の前で泣くことはなかったのに、その言葉を聞いて号泣していた。チビちゃんといた時間はそこまで長くなかったが、楽しかった時間がすり抜けていくように思ったのか、許された関係がなくなる気がしたのかもしれない。

数年後、お兄ちゃんはまた猫を拾ってきた。二匹目の猫・タマは臆病ゆえ、道路に飛び出すことはなかった。

そして、お店のパン棚の上でのんびりと腕を組み、パン屋のおばちゃんの話し相手を十何年と続けてくれたらしい。

◆月亭天使(つきてい・てんし) 大阪府豊中市出身。2010年2月、月亭八天(現・七代目月亭文都)に入門。大学卒業後、出版社勤務や繁昌亭アルバイト勤務を経て落語家に。人間国宝・桂米朝、初の玄孫弟子として話題となった。新作落語や古典落語の改作等を手掛けるだけでなく、門真市市民ミュージカル『蓮の夜の夢』『夢、ひとつぶ』では脚本と出演、2016年度豊中市公共ホール演劇ネットワーク事業『演出家だらけの青木さんちの奥さん』への出演等、幅広く活躍中。

▽月亭天使さんのエッセイはこちらでもお読みいただけます
「寄席つむぎ」https://yosetumugi.com/author/tenshi/

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