「炎上に萎縮しない」ヤノベケンジの覚悟 東日本大震災10年、原発事故描いた映画で美術担当

黒川 裕生 黒川 裕生

1990年代から核や放射能をテーマに創作を続け、チェルノブイリ訪問などの活動でも知られる現代美術家ヤノベケンジさん。東日本大震災の原発事故をモチーフにした映画「BOLT」(林海象監督、関西では2月13日から順次公開)で美術を担当しているヤノベさんに、映画の撮影秘話や自身の問題意識などについて聞いた。話題は2018年に起きたヤノベさんの作品「サン・チャイルド」の撤去騒動にも及んだ。

「BOLT」は「夢見るように眠りたい」「私立探偵濱マイク」などで知られる林監督7年ぶりの新作。大地震により配管のボルトが緩んでしまった原子力発電所で復旧作業に当たる男たちを描いた人間ドラマで、「BOLT」「LIFE」「GOOD YEAR」の3エピソードで構成されている。主演は永瀬正敏さん。共演に佐野史郎さん、佐藤浩市さん(声の出演)ら。

「『原発事故後に対応に当たる作業員の映画を撮りたい』という林監督の企画がそもそもの始まりで、僕が以前から核問題を扱っていたことを踏まえて『映画の美術をお願いしたい』と声をかけていただきました。映画という形でこの問題をあらためて世に問うことには大きな意味があると思い、引き受けることにしました」

ヤノベさんが担当したのは最初のエピソード「BOLT」に登場する巨大セットと防護服などのデザイン。命懸けで立ち向かう作業員たちの姿が、原子力を人間が扱う難しさにアートを通じて警鐘を鳴らしてきた自身の思いとも重なったという。

美術館内に展示の一部としてセットを組んで撮影

撮影は2016年、ヤノベさんの個展会場となっていた高松市美術館で敢行。映画スタジオを「作品」として美術館の中につくり、実際にそこで永瀬さんや佐野さんらが演技をするという「展覧会でありながらリアルな撮影現場でもある」実験的な現場だったそうだ。

「原子力政策に対しては、僕も林監督も、そして永瀬さんもそれぞれが自分なりの問題意識を持っています。また永瀬さんには写真家としての顔もあり、『防護服を着て感じたことを写真作品にしたい』と言ってくれたので、高松市美術館では一緒に展示もしました。実はそういう重層的な構造とメッセージ性を帯びた映画なんです」

「サン・チャイルド」撤去について

一貫して核の問題に関心を寄せてきたヤノベさんは、東日本大震災後は以前にも増して福島との関わりを深めた。ところが18年、JR福島駅近くの施設に設置した子供像「サン・チャイルド」が、ガイガーカウンターと防護服を想起させるデザインだったことで、「風評被害を助長する」といった批判の声が上がり、撤去される事態に。ヤノベさんも当時「一部の方々に不愉快な思いをさせてしまったことについて、大変申し訳なく思っています」とのコメントを発表した。

「原子力災害のない未来を願い、福島のため、もっと言えば人類のために制作した作品でしたが、残念ながら市民との合意形成が不十分で、ああいう結果になってしまいました」とヤノベさんは振り返る。美術界では翌2019年、「表現の不自由展」に対して激しい抗議や脅迫が殺到する“事件”も起きた。

「昨今のこうした空気に萎縮して、アートがやりにくいと感じている人も少なくありません。でも、だからこそ僕はこれからも構わずがんがん作って、問題が起きたら話し合っていきたい。表現の自由は作り続けないと得られないものですから」

多様な解釈ができる「豊かな映画」

そんなヤノベさんが美術を担当した映画「BOLT」は関西では東日本大震災から間もなく10年というタイミングでの公開となる。「永瀬さんの徹底した役づくりもあって、映画を見ていて自分まで息苦しくなる感覚を覚えたのは初めて」とヤノベさん。「それでいて、最後にはある種の希望も提示される。いろんな解釈ができる豊かな作品ですので、たくさんの人に見ていただきたいです」

2月13日から大阪のシネ・ヌーヴォで、2月26日から京都の出町座、順次、神戸の元町映画館で公開。林監督のデビュー作「夢見るように眠りたい」も3館で記念上映する。

■「BOLT」公式サイト http://g-film.net/bolt/

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