福島の避難者を忘れていませんかー 原発事故の「なぜ」を問うため、母は“映える”本を作った

辻 智也 辻 智也

 忘れていませんか-。来年3月で東日本大震災から10年。福島第1原発事故からの避難者が、今も全国各地で暮らしています。でも、東北地方以外では、そんな事実はすっかり忘れ去られてしまっているのではないでしょうか。「同世代と原発事故の話が通じない」と悩む大学生の娘を思った避難者の女性が、原発事故を考える入り口になるようにと、「クール」な本を自費出版しました。「次世代を担う若者にこそ伝わって」と願いを込めて。

 本を自費出版したのは、京都市伏見区の加藤裕子さん。福島市出身で、2011年3月11日も福島市の自宅にいました。

 揺れによる被害はなかったものの、発生直後は断水と停電が続き、2日間ほどは何も情報が入らなかったといいます。

 ラジオで宮城や岩手の津波のニュースは聞きました。でも、約60キロ離れた福島第1原発が爆発したことは、知りませんでした。加藤さんは、食料を求め、何軒もスーパーをはしごし、給水車の列に何時間も並びました。

 3月13日になって、福島第1原発の事故を知りました。当時は原発についての知識がほとんどなく、「工場の爆発くらいかな。大丈夫だろう」と思っていたといいます。

 しかし、知り合いの福島大学の教員から「国やメディアは安全というが、最終判断するのは自分」と言われ、不安が募りました。小学5年生だった一人娘の命を最優先に考え、4月上旬、スーツケース3個だけを持ち、娘と二人で大阪府高槻市に自主避難。5月には、京都市伏見区に移りました。

 直後、娘が人生で初めて鼻血を出したり、加藤さんもぶつけてもいない腕などに内出血が生じたりしました。「事故直後に出歩いたから、放射能の影響では」と恐怖を感じたといいます。

 あれから9年半。加藤さんは、福島市に戻らず、今も京都で暮らし続けています。20歳になった娘は京都市内の大学に進学しました。

 そこで直面したのが、同世代のキャンパスメートたちと東日本大震災や原発事故の話が通じないという事実でした。震災発生時は10歳くらいだった学生たちには、原発事故の話は「ちんぷんかんぷん」で、まったくリアルな問題として捉えてもらえないそうです。重苦しい話題ということもあり、会話が長続きしないといいます。

 そこで加藤さんは、当時まだ小学生や中学生だった若い人にも気軽に開いてもらえるような「インスタ映え」する本を自分で作ることにしました。本の編集に携わった経験はありませんでしたが、「なぜ避難しないといけなかったのか」「なぜ原発が今も稼働し続けているのか」といった、さまざまな「なぜ」を知ってほしいという思いが加藤さんを突き動かしました。

 約2年かけて完成させた本のタイトルは「WHY?」。表紙は黒基調で、花に触れる少女のモノクロ写真が目を引きます。88ページの本は、ページごとに「Fear(恐怖)」「Doubt(疑念)」などテーマが設定され、加藤さんが撮影した娘や福島の風景などのモノクロ写真が大きく載っています。あえてモノクロにしたのは「何も解決していないグレーな状態や気持ちを表現した」と言います。放射線量が高い屋根を撤去され柱だけになった公園の「あずまや」など、インパクトのあるショットが目を引きます。

 それぞれのページには、加藤さんが実際に見聞きしたり感じたりしたことが、「このままここで暮らしていいのか」「長女は大量の鼻血を出した」などの短文で綴られています。英語や韓国語に訳した文章も添えました。加藤さんが出会った米国と韓国の人が、思いを伝えることに共感し、翻訳してくれました。巻末には、事故後の経過をまとめた年表も付いています。

 福島県によると、今年9月9日時点で、福島県からの避難者は全国46都道府県に29516人。県内には、いまだに立ち入り禁止になったままの地域もあります。

 加藤さんは、「生活を奪われ、今後の健康もやっぱり不安。何も伝えないで、このまま死ぬなんて悔しいんです。震災とか原発事故とかに興味のなかった多くの人に手にとってもらい、何か考えたり行動したりするきっかけにしてもらえたら」と話しています。

 「WHY?」は、Amazonで1320円で販売しているほか、加藤さんのメールkodomohisaisya@yahoo.co.jpに問い合わせても購入できます。

まいどなの求人情報

求人情報一覧へ

おすすめニュース

気になるキーワード

新着ニュース