「金属製の名刺入れはマナー違反」という説をご存知だろうか?
これはいつ頃からか一部のマナーサイトやマナー講師によって提唱されているビジネスマナー。ネットで「金属 名刺入れ マナー」などと検索すれば講釈がわんさかと引っかかってくる。
「革製に比べてチープ」
「冷たさを感じる」
「音が鳴ってうるさい」
「相手の名刺を上に乗せた時すべりやすい」
「落としたら床が傷つく」
もはやイチャモンの領域ではないのかと噴き出しそうになるが、マナーサイトが書いていることを鵜呑みにして信じてしまう人は一定数いるはず。そう考えるとふだん革の名刺入れを愛用している僕ですら、こんな暴論を野放しには出来ぬと義憤に駆られてしまう。
特に金属製の名刺入れを製造される方々の胸中を思うとやるせない。業界の方はこの暴論についていかがお考えだろうか。名刺入れをはじめ数々の金属製雑貨を手がける株式会社ハッピーラボラトリーのご担当者にお話をお話をうかがってみた。
中将タカノリ(以下「中将」):「金属の名刺入れはマナー違反」という説があることはご存知でしたでしょうか?
担当者:新入社員の持ち物リストなどでおすすめでない旨書かれていたことは承知しておりましたが、マナー全般においてその様に言われていることは知りませんでした。
中将:一部マナーサイトの執筆者やマナー講師には「金属は素材として革より格下」という謎の概念があるようです。
担当者:時と場合によるものと思います。名刺入れは基本、自分の名刺を入れるものではありますが、交換した相手の名刺を入れるものでもあるので、それをどう扱うかの方が大切かと思います。清潔感に欠けたもの、沢山の名刺が入れっぱなしのものなど、素材そのものより大切な要素かと思います。
中将:「金属の名刺入れはマナー違反」という説自体についてどうお考えでしょうか?
担当者:職種によりますが、名刺ケースが話のきっかけになる場合もあるので一概にマナー違反と言い切れるかどうかも疑問です。T P Oにあったものを使い分けられるのが理想でしょう。宗教的に使用できない素材もあるでしょうから、今後はマナーもグローバル化すると思います。
中将:たしかに近年では欧米を中心に、動物愛護の観点から革製品を避ける風潮が強くなっていますね。金属製の名刺入れの魅力はどのようなところでしょうか?
担当者:まずは素材の特性上、中の名刺を損傷させることが少ないことです。またデザインごとに個性を演出できますし、スマートでスタイリッシュな印象をもっていただけるのではと思っております。手入れすればいつまでも清潔感を保てることも魅力ですね。
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うかがったお話の通り、名刺入れの素材うんぬんよりも、それをどう扱うかのほうが遥かに重要なことだ。それに勝手な思い込みで「皮が高級、金属は低級」などと決めつけるのは人としてなんだか卑しいことではないだろうか。
古代中国の思想家、荘子は万物は本来平等であるとする「万物斉同(ばんぶつせいどう)」を唱え、あえて自然の原理にそむいて対立や差別をあおろうとする世俗の風潮を批判した。天から見れば万物の区別や対立などちっぽけでつまらないものだと説いたのだ。
近年、「江戸しぐさ」をはじめ根拠の薄い荒唐無稽なマナーの濫用が社会問題となっている。自分の立ち居振舞いに自信の持てない人の心につけこんだたちの悪いビジネスだ。僕にすれば名刺入れは皮だろうが金属だろうがプラスチックだろうが何でもかまわない。大切なのは名刺を交換する相手への誠意。なにも荘子の言うことを礼賛するつもりはないが、そう考えたほうが根拠もないマナー屋たちの言葉に従うより、よほど人生の本質にせまることが出来るのではないだろうか。