新神戸駅と谷上駅のわずか2駅をつなぐだけのローカル鉄道だが、2014年に巫女をモチーフにした萌えキャラ「北神弓子(きたがみ きゅうこ)」をマスコットキャラクターに採用して以降、積極的なキャラクターやタレント、ミュージシャンの起用でサブカルチャー色の強いユニークな電鉄会社として注目を浴びていた北神急行電鉄。しかし、2020年5月31日をもって北神急行は営業を終了。路線は神戸市営地下鉄に吸収されてしまった。
そして今、YouTube上では北神急行に対し感謝の気持ちをこめた「またね。」という楽曲が話題となっている。
一般に「またね」とは再開を期す言葉。消え去ってしまう北神急行に対しなぜそのような言葉が使われたのだろうか。
今回、僕は「またね。」を制作したポップグループ「半熟BLOOD」にお話をうかがった。
中将:半熟BLOODと北神急行のご縁が始まったきっかけを教えてください。
菜つ美:2015年の秋、大阪産業大学の学園祭に鉄道研究部さんの展示を見に行った時、物販スペースで北神弓子ちゃんのイラストを見つけたんです。「鉄道ブースにどうして二次元のキャラクターが?」と不思議に思いながらもなぜか心惹かれるものがあり、ゆっくり見ていると北神急行電鉄の営業部長さんが声をかけてくださいました。
「北神弓子はまだ作ったばかりのキャラクターで知名度は低いけど、このキャラクターを通して北神急行電鉄に乗ってきてくれる方を増やしていきたいと思っているんです。」という説明を聞いて即座に「北神弓子ちゃんの応援ソングを歌わせてください」とお願いしていました。その頃、私は大学卒業後の進路を悩んでいました。就職するのか、音楽活動を続けていくのか……。当時の半熟BLOODはまだまだ軽音サークルの延長みたいな活動で、プロとしてやっていく覚悟をしきれていなかったんです。私たちの夢がどうなるのか……いちかばちか、この機会に賭けてみようと思いました。
中将:北神急行の方の反応はいかがでしたか?
菜つ美:「楽曲が良かったら採用します」とオーディションしていただけることになりました。
中将:心意気ですね!でもまだまだ経験も浅かった時期に企業向けのPRソングを作ることは大変じゃなかったですか?
菜つ美:本当に大変でした。楽曲を作ると決めてからメンバーと話し合い、北神急行電鉄さんについて調べました。"一区間しかなく、ずっとトンネル"という景色をどうやってポジティブに変えていくのかと悩みに悩んで、眠れなかった日の朝、窓から差し込んだ太陽の光がトンネルを抜けた時の輝きのように映りました。「あぁ、そっか、暗闇はその先にある光をより輝かしてくれるんだ」と。今はまだまだ活躍できてないけど、その先の光を北神急行電鉄さんと見てみたい。そんな思いで北神弓子の応援ソング「恋のトンネル」、北神急行電鉄の応援ソング「トンネルの向こうで待ってる。」を書き上げました。
中将:ここぞという時のひらめきがあったんですね。北神急行のPRソングを手がけたことで半熟BLOODにどんな変化がありましたか?
葵:大勢の鉄道ファンの方が半熟BLOODの曲を聴いてくれて、ライブを観に来てくれるようになりました。また、それまではライブハウスでのライブや路上ライブといった活動ばかりでしたが、そこから飛び出し、鉄道イベントや街のお祭りなどいろんな場所で演奏する機会をいただきました。私たちは去年マネジメント会社を立ち上げ、今年にはライブカフェの経営も始めましたが、視野を広げてそういう活動ができるようになったのは北神急行さんとの出会いがあったからだと思っています。本当に感謝しています。
中将:残念ながら北神急行は5月31日で営業終了してしまいました。「またね。」はそんな北神急行に贈る楽曲ですが一般的に「またね」は再会を期す言葉です。無くなってしまう北神急行にあえて「またね」という言葉を選んだ理由を教えてください。
菜つ美:「さよなら」だけだとあまりにも悲しすぎると思ったからです。電鉄としての北神急行は無くなってしまいましたが、路線自体は残っているし、関わっていた職員の方やファンの方、そして私たちのようなミュージシャン、タレントの心の中では北神急行という存在が消えることは永遠にないと思います。今はさよならしてもまたいつか会えるんじゃないか……そんな願いを歌詞に反映しました。
葵:北神急行はずっとトンネルの中だけど、トンネルを抜けて谷上駅に着く時、私たちの気持ちをいつも輝かしてくれました。「またね。」は北神急行を通して半熟BLOODの夢を応援してくださった方々に「また必ず谷上駅で会いましょう」と意いうメッセージも込められています。「鉄道系音楽グループ」としての私たちの代表曲の一つになっていくと感じています。
中将:「またね。」は北神急行との縁がきっかけで飛躍した半熟BLOODならではのメッセージソングなんですね。今後も活動してゆく半熟BLOODに在りし日の北神急行の姿を投影する方も多いかもしれませんね。
うさお:そう思っていただける方がいれば本当に嬉しいです。今後もライブ会場や僕達のライブカフェ「露依楼囲(ろいろい)」でお客様と北神急行の思い出を語り続けていけたらなと思っています。鉄道ファンの集まりって本当に温かい空間なんです。北神急行にいただいた鉄道を愛する方たちとのつながりはいつまでも大切にしていきたいです。
2012年、精華大学在学中に菜つ美と葵により結成。2016年4月に北神急行電鉄の公式マスコットキャラクター「北神弓子」応援ソング「恋のトンネル」を、2017年10月に同電鉄の応援ソング「トンネルの向こうで待ってる。」を担当し注目を集める。1990年代ガールポップの再来を思わせる瑞々しいポップな音楽性で音楽ファンはもちろん、鉄道ソング制作や鉄道イベント出演を通し鉄道ファンにも広く親しまれている。2019年10月にマネジメント会社「株式会社 First Bridge」設立。
【公式サイト】https://www.hanzyukublood.info/
半熟BLOODはいちローカル鉄道の企画から全国的なアーティストを輩出した素晴らしい成功例と言えるだろう。
今回の市営地下鉄吸収後も、北神急行のマスコットキャラクターだった北神弓子自体は存続するようだ。しかしこれまで北神急行が取り組んでいたような多様なサブカル的な企画はどうなってしまうのだろうか。「市営」という制約があることは承知の上だが、今後の地域活性や芸能文化発信のためにも神戸市営地下鉄には出来るかぎり積極的な取り組みを続けていただけるよう願いたい。