店員への暴言 「悔しいから弁当見て」と呟いた奈良の名物とんかつ店主の願い

広畑 千春 広畑 千春

 少しずつ世の中が日常を取り戻し、店舗や各施設などでは密な接触を防ぐため、ありとあらゆる知恵を絞って通常営業を再開し始めています。ウイルスだけでなく、客からのさまざまな暴言が店員を苦しめたこのコロナ禍。コスパの良さに加え、さまざまなユニークな取り組みで知られる奈良市のとんかつ店「まるかつ」の店長が先月末に投稿した、静かな怒りを込めたツイートもその一つでした。

 先月31日に投稿された「すみません。少し強めに言わせていただきますが、お客様と店員は対等です」で始まるツイート。「未だお持ち帰り専門営業でご不便をおかけしていますが、少し思い通りにならなかったくらいでお客様が店員を怒鳴りつけるようなことがそろそろ世の中からなくなるといいと思います」とし、「悔しいので」と、美味しそうなお弁当の写真をこれでもか!と貼り付けて訴えました。

 お金がないときにコソッと店長に打ち明けると無料で食べられる「まるかつ無料食堂」を始め、コロナ禍でもコロッケの無料券や、割引券などの「賄賂」を渡すなど粋な取り組みで注目を集めていましたが、この日ばかりはいつもとかなり違った文面に心配する常連客も。

 改めて、店長に聞きました。

―どういう状況だったのでしょう?

「今、当店ではお客様の『密』な接触を防ぐために、お持ち帰りの方は店内でなく外でお待ち頂くよう張り紙でお願いしています。ただ、先日、ある男性のお客様がスマホで会話をしながらお店に入って来られて…。張り紙にも気付かず、関係者以外は立ち入りをお断りしているエリアにそのまま入って来られたので、スタッフが丁重に指摘させて頂きました」

「その後、お客様はスマホで会話をされながらご注文をされたので、スタッフが聞き取りにくく、内容を間違ってしまったようです。それに激怒され、ここでは言いたくないような酷い暴言をぶつけられたそうです。私が事態に気付いたのは、その方がお店を去られた後でしたが、スタッフに聞くと人権に関わるような内容だったそうです」

―こうしたことは、度々あるんでしょうか。

「これまではほとんどありませんでした。ですが、コロナ後、こういうことが立て続けに起きました。先月は女性がお一人で来店され、店内でご飲食できないことを丁寧に説明しても『せっかくコロナなのに頑張ってるお店に、応援と思って来たのに、何なんじゃ!』『説明の態度が悪いやろ!』とお怒りになったこともありました」

―あえて、お弁当の写真とともにツイートされました。

「今回、暴言を受けたのはいずれも20代前半の女性スタッフです。まじめに頑張ってくれているスタッフがそんな酷い言葉をぶつけられたことに対して、そのときに何もできなかった自分が悔しいですし、正直、発言した人に対して腹が立つところもあります。ですが、私も含め、そんなに立派な人間は少ないと思います。誰でも過ぎたことをしてしまうと思いますし、当店の対応もまだまだ未熟だとは思います。ですから、報道などでカスタマーハラスメントのこともよく耳にしますし、今回のことを恨むよりも今後、世の中からそういうことが減ったらいいと思いました」

「お弁当の画像を載せたのは、自分の気に入っている画像を載せてやりきれない気持ちをごまかすためです。暗い内容のつぶやきだけでは申し訳ない、という気持ちもありました」

  ツイートは12.4万もの「いいね」を集めるなど多くの共感を呼びましたが、店長は「こんなにたくさんの方が同じような経験をされているのだと思いました。おこがましいですが、こういうツイートをきっかけに、働く人も気持ちよく、皆さんが楽しく食事を楽しんでいただけるように、社会が少しずつでも寛容になっていけばと思っています」と話します。 

◇専門家「客も店を支える一員として」

 日本では企業の「顧客第一主義」や、「おもてなし」に代表されるサービス精神が重視されがちです。ですが、カスタマーハラスメントに詳しい関西大学社会学部の池内裕美教授(社会心理学)は「丁寧なサービスは他店との差別化にもつながる半面、客の期待をどんどん高め、店員が客の意向にそぐわない態度をとることで、暴言などの攻撃行動を招く事態にもなりかねない」と指摘します。特に立場の弱いパートやアルバイト、若いスタッフや女性は被害を受けやすく、上司にも申告できずにため込んでしまうことが多いそうです。

 他方、カスハラをする本人には自覚がない場合が少なくありません。そもそも人は自分の価値観やルールから逸脱した他者をみると怒りを覚えるが、このコロナ禍で自由を奪われ、先の見えない閉塞感や不安感、必要なものが手に入らない焦燥感など、ネガティブな感情が根底に蓄積した結果、普段は気にならない些細な事で激昂してしまう傾向が強まっているといいます。

 「管理者が従業員のケアや風通しの良い職場作りにより一層の注意を払うのはもちろんですが、この機会に客自身の意識も変えなければ」と池内教授。従業員が辞めれば、その分サービスは低下し、また客の怒りを呼ぶ。ですが「ありがとう」という感謝の気持ちを態度や行動で示すことで従業員の心は救われ、やる気も高まり、サービス向上にもつながる―。

 「『客』対『店』ではなく、客一人一人が、その店を支える『構成メンバー』だという感覚が必要なのではないでしょうか」

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