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京土産「茶の菓」でブレイクした洋菓子店の軌跡 3代目「兄弟で力を合わせて、大きな経営の力に」【老舗の継承】

太田 浩子 太田 浩子

 「マールブランシュ」は、モンブランや京都土産として人気のお濃茶ラングドシャ『茶の菓』などで知られる洋菓子店です。運営会社である「ロマンライフ」(京都市山科区)3代目の代表取締役社長兼COO・河内優太朗さんと、常務取締役・河内康太朗さん兄弟にお話を聞きました。

 同社のスタートは、河内さんの祖父が1951年に京都市内の三条通に開業した純喫茶「ロマン」でした。喫茶店は大人気となり、5店舗を展開するまでになっていました。

 そんななか、1958年にアメリカの外食産業を視察するツアーに参加した祖父が、現地でロードサイドダイナーという業態を知ります。ちょうど日本初の高速道路となる「名神高速道路」が建設されるタイミングで、京都東インターチェンジからも近いことから、縁もゆかりもなかった山科区の国道1号線沿いに土地を買い、ロードサイドレストラン「ロマン」を開業しました。

 一方、洋菓子店「マールブランシュ」は、1982年に、2代目となる河内さんの父の提案で開業します。ロードサイドレストランで500円のランチを販売しているなか、1個500円のケーキを6個買う芦屋のマダムたちを見て、これからは洋菓子の時代だと北山通に1号店(京都市北区)を構えました。現在も同店は営業しています。開業の年に両親は結婚し、1984年に優太朗さん、1986年に康太朗さんが生まれます。

 現在は純喫茶とロードサイドレストランは閉店しており、ふたりの記憶にも残っていません。ロードサイドレストランがあった場所は、マールブランシュの大型店舗「ロマンの森」と「ロマンライフ」の本社になっています。

 さまざまに変化してきた同社を支えてきた父ですが、河内さん兄弟に一度も継いで欲しいと言ったことはないそうです。敷かれたレールを進むことにもコンプレックスがあり、ふたりとも継ぐつもりはなかったと話します。大学を卒業し、兄は銀行に、弟は東京の食品メーカーに就職しました。

 ところが、銀行で働くうちに優太朗さんの意識が変わります。

「小学校から兄弟でお金がかかる私立に入れてもらって、会社の状況を全く知らなかった。銀行で新規取引先の候補にロマンライフが挙がってきて、『業績は厳しそう』という報告を見て初めて現状を知りました。いろいろな経営者の方と話をする機会がありましたが、みなさん苦労されていて。父や祖父も苦労しているはずなのに、継がへんって違うところに就職していることが恥ずかしくなって、何か手伝わなあかんと思ったのが、継ごうと思ったきっかけです」(優太朗さん)

 優太朗さんは、銀行に2年、上場企業に1年勤務し、2010年に同社に入社しました。その少しあと、康太朗さんはライフイベントをきっかけに、約6年働いた食品会社を辞めて京都に戻ります。そして別の会社に就職するつもりで仕事を探していました。

「兄弟経営っていうのを銀行時代にすごく見てきて、苦労されている会社もありました。でもふたりで力を合わせれば、ひとりではできない経営の力を生み出せると思って。ふたりの特徴が全然違うので、こういう役割で分けたらうまくいくんじゃないか、逆にふたりでやる方がプラスになるんじゃないかと、焼き鳥屋で飲みながら話しました」(優太朗さん)

 2014年、康太朗さんもロマンライフに入社します。一緒に仕事を始めてみると、兄弟だからこそ、ぶつかることもありました。

「それまでは互いにあまり干渉しない感じでやっていましたが、一緒に仕事をしだしてよくしゃべるようになって、ぶつかることもよくありました。ヨーロッパに研修旅行に行ったときは、ケチなんでシングルじゃなく2人部屋を取るので、夜に部屋でいろんな話をしていて。会社や自分たちの将来像の話をしているうちにワーッとケンカになりました」(優太朗さん)

「僕は、翌朝腹が立ちすぎて1時間くらい散歩したのを覚えています」(康太朗さん)

「彼が入社して1年くらいのときで、お互いに気を遣っているところがあって。そんなときにバチッとぶつかって、もう1回元に戻れた経験はけっこう大きかったですね」(優太朗さん)

 河内家が家族で過ごす時間を大切にしていることも、仲良くできている理由のひとつと考えられるといいます。年末年始の集まりのほか、お墓参りも全員で行くことが決まっていて、誕生月にはみんなでお祝いし、家族旅行にも年に1回は行きます。それは意識的におこなっているわけではなく、昔からの習慣だったそう。祖母の遺言は「家族仲良く」でした。

「父は、息子が2人産まれたら、事業をふたつ作りなさいと言われていたみたいで、洋菓子と飲食の事業を用意してくれていました。いろいろな変遷はあったんですけど、今は『鶏料理 侘家古暦堂』を僕はやっています」と、役割分担について康太朗さんは話します。同店は「ミシュランガイド京都・大阪」にセレクトされており、菓子ブランドとして「チーズスフレ 料理長の帽子」が人気の「菓子wabiya」も展開しています。

 ふたりが入社したときには、2007年に発売されたお濃茶ラングドシャ「茶の菓」が京都土産として大ヒットしていて、すでに会社は大きく飛躍していました。「父と祖父の力で、僕らが入ったときは会社の状態は良かった。もともと継ぐ気がなかったので、しょぼい話なんですけど、こういうふうな会社にしたいとか大きな志とかが当時はなくて…」と優太朗さん。

 しかし、コロナ禍に襲われます。「ぼんぼんで育ってきたので、苦しい売り上げが続いたコロナ禍を経験したことは大きいですね。僕らも会社も切り替わりました」と、大きな転機になったと振り返ります。

 2026年4月には、「茶の菓」の新しい価値を提供したいと、エアリー感のある「茶の菓うすやき」も発売しました。今後はこの勢いに乗って、ふたりで会社をどんどん大きくしていくつもりなのか、うかがうと。

「事業の規模や売り上げが高くなるのはいいんですけど、僕はあまり会社を大きくはしたくなくて。経営の規模は従業員の数だと思っています。『会社は大きな家族、社員は家族の一員』という“大家族主義”を掲げていて、今、従業員が600名くらいなんですが、1.5倍くらいまでが限界かなと。うちは社員旅行にまだ行っているんですよ、7班に分けて。期末には社員とバンド組んでいる父がライブをするんですが、ライブ会場にも全員入れなくなるし(笑)。これからは、いろいろな事業を作っていきたいというのがいちばんのテーマですね。彼(康太朗さん)もこの2月に新会社を設立しました」(優太朗さん)

「2月に農業法人を立ち上げまして、農業をして、ロマンライフを素材からしっかりサポートする予定です。品質の良い素材を安定供給してそれを買っていただく。事業を用意してもらって入社して12年。この会社がどんどん好きになって。下支えができるような仕事をしたいなと思って、祖父が大切にした『ロマン』という言葉を入れて、社名は『ロマンファーム』にしました」(康太朗さん)

 ふたりには、現在、小・中学生の子どもがいます。自分たちが両親から継ぐように言われたことがなかったように、継承については子どもたちには言わないようにしているそう。

「今は自分たちがやっているという感じなので、将来をイメージできないですけど、あと10年くらい経って50歳くらいになったら…。それまで必死にとにかく会社を残して、そのときに子どもが『やりたい』って言ったら考えます。逆にやりたいと思ってもらえるかっこいい会社にしたいですね。今の会社は祖父と父が作った姿で、僕らはそこに乗っかっているだけ。これから僕らでどれだけやっていけるかだと思っています」(優太朗さん)

◾️マールブランシュ公式サイト https://www.kyoto-quality.com/malebranche

◾️鶏料理 侘家古暦堂公式サイト https://www.wabiya.com

◾️ロマンライフ公式サイト https://www.romanlife.co.jp

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