デジタル時代に若きフィルム映写技師が相次ぎデビュー コロナ禍が生んだ偶然と必然

黒川 裕生 黒川 裕生

ほとんどの映画館の上映方式がフィルムからデジタルに切り替わってから幾星霜。新型コロナウイルスによる休業が明けた2020年5月下旬から6月中旬にかけて、神戸と大阪の映画館で偶然、20〜30代の映画館スタッフ3人が相次いでフィルム映写技師デビューを果たした。「フィルムに触れていると胸が躍る」。昔ながらのフィルムに憧れていたという若い3人は今、映画館で働く醍醐味とロマンを噛み締めている。

新作を上映する全国の映画館では2013年頃、それまでのフィルムからDCP(デジタル・シネマ・パッケージ)への移行がほぼ完了。今も多くの映画館がフィルム映写機を所有しているとはいえ、2020年現在、旧作を扱う名画座や一部の文化施設などを除くと、日常的にフィルムが上映される機会はほとんど失われてしまっている。

できすぎ!?あの名作で映写技師デビュー

「最初が『ニュー・シネマ・パラダイス』って、さすがにできすぎですよね」

5月30日に営業を再開した神戸の元町映画館。復活を告げる1発目、映画への愛と郷愁が描かれた不朽の名作「ニュー・シネマ・パラダイス」(1988年)でフィルム映写技師としてデビューした酒見亮さん(29)はそう言って笑う。

2018年1月から同館で働き始めた酒見さんは、主に受付業務や宣伝、舞台挨拶などを担当してしてきた。半年ほど前からはデジタルの映写も任されるようになったが、「いつかはフィルム映写機も扱えるようになりたい」と思い描いていたという。

そこへコロナ禍が発生。同館も4月15日から当面の間、閉めざるを得なくなった。「やることがなくなった」酒見さんは逆にこれをチャンスと捉え、空いた時間を利用してフィルム時代を知る先輩スタッフから映写機の使い方を教わることに。練習用の短いフィルムを映写機に設置して外す、巻き戻して止める、といった基本的な作業や試写をひたすら繰り返しながら、細かい動作を体に覚え込ませたという。

待ち望んだ再開の日。初回を飾るのが「ニュー・シネマ・パラダイス」のフィルム上映に決まると、「せっかくだから」と酒見さんに白羽の矢が。ある意味では映写技師が主人公とも言える作品なだけに、当然、「諸先輩方にはすごく羨ましがられた」そうだ。

劇中、映写室で目を輝かせるトト少年を見て「あ、僕がいる」と思ったという酒見さん。2週間の上映を無事に乗り切り、続くフィルム上映「フレンチ・カンカン」(1954年)も6月19日に最終日を迎えた。フィルムの映写機を使う機会はしばらくなくなるが、「フィルムに触れることで、作り手に近づけたような不思議な感覚があった」と振り返る。

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