松本隆さんが語るコロナ禍とこれからの音楽 作詞家生活50周年、神戸で新たな挑戦

黒川 裕生 黒川 裕生

「作詞家デビューから今年で50年になるのに、いきなり“ど素人”に戻った気分。あれ?俺って芸能界のど真ん中にいたんじゃなかったけ、という感じ(笑)」

生まれ育った東京から、神戸に生活の拠点を移して8年。半世紀にわたり、数々の名曲で時代を彩ってきた作詞家の松本隆さんは今春、新型コロナウイルスの影響で落ち込んだ神戸の人たちを力づけようと、松田聖子さんに提供した歌「瑠璃色の地球」(1986年)で市民参加型の合唱動画を作る、という初めての企画に取り組んだ。神戸の仲間たちと手作り感あふれる動画を完成させ、参加した人たちが喜んでくれたことに、新鮮な手応えを感じたという。神戸の喫茶店で、「瑠璃色の地球」にまつわるエピソードやコロナ禍の影響、これからの音楽などについて松本さんに話を聞いた。

妊娠中の松田聖子さんに書いた「瑠璃色の地球」

神戸発の企画「『瑠璃色の地球』chorus」には、神戸市民を中心とする200人以上から歌唱動画が寄せられた。編集してネット上で公開したところ、第1弾は1週間で1万再生を突破。その後も全応募作を編集し、最終的に計4本の合唱動画を公開した。「松田聖子本人が歌っているわけでもないのに、なかなかの反響だと思う」と松本さん。「『瑠璃色の地球』は今、いろんな人が歌って動画を上げてくれている。上白石萌音は再生数140万回以上だって。とんでもないね(笑)」

「瑠璃色の地球」は聖子さんの13枚目のアルバム「SUPREME」に収録。深刻化する環境破壊への警鐘が込められているほか、レコーディング当時、妊娠していた聖子さんから松本さんが受けたインスピレーションが大きく反映されているのも有名な話だ。

「妊娠が彼女の歌にどう影響するのかを考えて書きました。シンプルな恋愛の歌だけじゃなくて、もっと深い愛、母の愛、人類愛みたいな歌を歌わせたいと思ったんです。『瑠璃色の地球』では、ジョン・レノンの『イマジン』のような、深く大きな愛に指が届いたという感触がありました」

「『瑠璃色の地球』は合唱曲として今も多くの人に歌い継がれています。僕にとって作品は自分の子供で、みんなそれぞれ勝手に成長していくんだけど、『瑠璃色の地球』はいい大人になった。立派に社会に貢献してくれていますよ」

歌の力で明るさを取り戻したい

「一般市民から歌っている動画を募る」という企画にしたのには、ふたつの理由がある。

「緊急事態宣言やお店の営業自粛などで、みんな暗かったでしょう。だから歌の力で明るくしたかった。人は歌うとね、ちょっと明るくなる。1人1W(ワット)明るくなるとしたら、200人で200W。結構明るいよね(笑)。みんな普段着だし、メイクもプロじゃない。そしてバックには自宅のリビングやベッドルームが映っている。動画からは200通りの人生、暮らしが垣間見えて、それがまた明るさにつながるんです」

「もうひとつは神戸のミュージシャン支援。ライブハウスが営業できなくなって、みんな本当に困っているんです。今回のことでギャラは発生しないけど、参加してもらうことで少しでも精神的な救いにつながればいいなという思いがありました」

「神戸発」は東京一極集中への抵抗

企画の大きな特徴として、“神戸ローカル”を徹底したことが挙げられる。神戸の仲間たちがそこにこだわったこともあるが、東京から拠点を移した松本さん自身の心境の変化も反映されているという。

「なんで神戸に来たかというと、やっぱり一極集中はダメだと思うわけ。今の日本の大きな欠点だよね。東京に全部集まってるし、東京に行かないと何もできない。僕は東京生まれだけど、ちょっと変だと思う」

「この企画も東京でやろうと思えばできたかもしれない。でも今回は商業主義を抜きにして、神戸だからこそできるものを目指しました。似たような企画は他にもあるかもしれないけど、どれとも似ていないでしょう。一番簡素だし、ギミックがない分、思いが全部伝わるよね」

作詞家生活50周年

2020年は「作詞家生活50周年」という、松本さん自身にとってもファンにとっても記念すべき年。そこにコロナ禍が直撃した。

「今年の前半に予定されていた記念イベントは、いくつか延期になりました。11月には京都で僕の歌のカバーコンサートがあるけど、これもまだわからない」

「でも、コロナがなくても今年はオリンピックがあったはずなので、大きな公演はそもそも来年やるつもりだったんです。僕の50周年なんてさ、1年や2年ずれたって誰も文句は言いません(笑)。だから全然問題ない。大体、僕とキャリアが同じはずの(同じバンド『はっぴいえんど』にいた)細野晴臣さんは、50周年の記念公演を去年やっている。そのあたり、非常にいい加減なんだよ(笑)」

これからの音楽、これからの言葉

コロナの影響で以前と同じような形での公演が困難になり、深刻な打撃が長引いている音楽業界。これから、音楽のあり方はどう変わっていくのだろう。

「僕は変わらないと思う。音楽は人類最古の娯楽のひとつ。歌や音楽の原点は、雨乞いとか、収穫の後の神への感謝とか、そういうことだから。音楽のような娯楽は、簡単には変わりませんよ」

「変わるのは音楽の『流通』の方。でもね、流通が変わるだけで、音楽そのものは必ず残るんだよ。今はサブスクリプション型の音楽ストリーミングサービス。あれはものすごい薄利多売だけど、最終的にはインフラのようになっていくと思う。もう『わかりません』『できません』とか言ってらんない。ついて来られない人は切り捨てられていく。僕は20年くらい、そういう流れを見てきましたから。流通が変わるってのは、そういうことです」

「それから、文字、言葉も変わらない。紙と鉛筆があればできる、古代エジプトのパピルスから連綿と続く人類最古の文化のひとつ。でも、やっぱりこちらも流通は変わるでしょう。オンライン、電子書籍になり、本屋もなくなるかもしれない。新聞もきっとなくなるけど、事実を取材し、ニュースとして報道し、批評する人は絶対に必要。そういう大切なものは、これからもなくならないんじゃないでしょうか」

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