信号待ちしていると、車の前に突然子猫が現れた。まったく動く気配がなかった。歩行者が子猫を抱き上げ、歩道の植え込みに移してくれたが、気になって仕方ない。車を運転していた倉信さんは、子猫のいるところに戻って保護した。初めて飼う野良猫の子猫は、当初育てるのが大変で、可愛いと思う余裕がなかったという。
停車した車の前に現れた子猫
2008年11月、奈良県に住む倉信さんは、会社の昼休みに帰宅するため車を運転していた。信号待ちをしていると車の前に1匹の子猫が現れた。まったく動く気配がなく、発進できなかったが、通りがかりの歩行者が猫を抱き上げ、歩道の植え込みの中に移してくれた。
なんとなく気になったので、ミラー越しに見ると、相変わらず動かないでじっとしている。倉信さんは子猫がいたところに戻ってみた。
子猫は全身を小刻みに震わせ、顔をうずめるように丸くなっていた。両手のひらに乗るくらいの小さな猫で、被毛は汚れ、顔の周りの毛ははげていた。
抱き上げても抵抗しなかった。
2、3日遅ければ死んでいた
倉信さんは子猫を連れ帰り、ひとまずダンボール箱の中にタオルを敷き詰めて休ませた。
「娘が小学生なのですが、日中留守番する時、この子がいたら寂しくないかなと思いました」
いったん職場に戻り、帰宅後、動物病院に連れて行くと、獣医師は「あと2、3日遅ければ死んでいた」と言った。「連れて帰るかどうしますか」と尋ねられたが、倉信さんは飼うと決めていた。
季節が秋だったので、子供が「もみじちゃん」と名付けた。
動物病院でもらった小さなスポイトで少しずつミルクを与え、体力が回復するのを待った。もみじちゃんは少しずつ回復していった。
愛せる自信がなかった
かわいそうだと思って飼い始めたものの、猫を飼うのは初めてで、一筋縄ではいかないこともあり、倉信さんはとまどった。
「あちらこちらでトイレをするし、まったく懐かなかったんです。トイレができるようになるまでは、ケージの中で飼いました」
ケージの外に出しても、いつもびくびくして部屋の隅っこに隠れていた。盛りの時期には夜中じゅう低い声で鳴き続け、困った倉信さんは友人に不妊手術のことを教えてもらって手術した。
「この子を飼って、本当に可愛いと思えるのかどうか心配になりました」
不妊手術を終えると、鳴き声も収まり、もみじちゃんは落ち着いて生活するようになった。
「3、4カ月後、こたつに入って横になっていると、もみじが肩のところに寄り添うように寝転んだんです」
2年後、もみじちゃんはてんかんを発症し、朝晩病院に通う日が続いた。「寝ようか」と声をかけると階段を上ってきて、以来、毎晩一緒に寝ている。
仕事に行く時は寝ているが、帰ってくると玄関で待っていてくれる。ちゃんとキャットフードをもらっているが、家族が帰宅するたびに「ごはん」と要求するので、「もう食べたやろ」と言われている。
倉信さんは、小さな頃から育ててきたもみじちゃんを我が子のように思っている。触っているだけでも癒され、家族みんながもみじちゃん中心に動いているという。