こんな渡辺いっけい(57)初めて見た。キャリア37年にして映画初主演を飾る『いつくしみふかき』(6月19日公開)。村人たちから“悪魔”と忌み嫌われる詐欺師であり、一児の父親でもある広志を演じている。
爬虫類のような湿り気と狂暴性を内に秘めたような立ち振る舞いは、映画『復讐するは我にあり』(1979)で逃亡連続殺人犯・榎津巌を演じた緒形拳の得体のしれなさに匹敵する。そのモチベーションになったのは「停滞感」だという。俳優として一定の地位を築いたベテラン俳優の胸中とは。
メガフォンを取ったのは、渡辺が出演した連続ドラマで助監督を務めていた大山晃一郎。大山が所属する劇団チキンハートに興味を持った渡辺が、大山の長編映画監督デビュー作に協力した形だ。大山監督をはじめ、出演者である劇団員たちの「映画を作りたい!」という情熱に共鳴したわけだが、しかし自主映画である。予算も少ないどころか、日の目を見ずにお蔵入りする可能性だって大きかった。
渡辺は「自主映画を作っているチームなんてごまんとあって、撮影して完成しても結局は映画館にかけることができずに終わっていく作品も沢山ある。たとえ地方自治体の協力のもとに作ったとしても観光PR映画になりがち。映画として芯を喰った作品は撮りづらい」と自主映画が置かれる現状を理解しつつも「採算度外視で、やりたいことをやろうとしている若いエネルギーについて行きたいという気持ちが勝った」と大山監督たちの気持ちに賭けた。
60代間近という年齢もきっかけの一つ。「これまで沢山の役をやらせていただきましたが、50歳を過ぎたころから自分の中に停滞感のようなものがありました。役者として自分自身に新鮮味を感じられないことほど辛いものはないし、お役御免になるわけにもいかない。そんな時期に大山監督から声をかけてもらって、なにか勘のようなものが働いたんです」。
正直なところ撮影中は「演じた広志があまりに得体のしれない男なので、一体何を考えているのかわかりませんでした。でも僕は大山監督を信頼していたので、撮影では言われたとおりに納得しつつもその場で刹那的に演じていました」と苦笑。しかし蓋を開けたらとんでもないものが出来上がっていた。