覚せい剤取締法違反罪などで過日起訴された槇原敬之被告。保釈時にチラッと見えた彼の口元について、薬物の影響を受けているのでは?とちょっとした話題になりました。彼の覚せい剤使用については明らかにされていませんので、覚せい剤の影響の有無もわかりません。問題は彼の歯や口ではなく、同法違反による検挙者が日本国内で毎年1万人以上存在するにもかかわらず、覚せい剤が歯や口に与える影響やその怖さについてあまり知られていないことではないかと感じます。
ところで、見出しの「メス・マウス」。これはメタンフェタミンの略語「メス」と、口の「マウス」を合わせたもので、覚せい剤取締法によって規制されているメタンフェタミンの乱用者に特徴的な口の中を示した言葉です。厚生労働省発表の「主要な国の薬物別生涯経験率」では、日本は諸外国に比べて格段に低い数値で、それもあってか「メス・マウス」に関する情報が決して多いとは言えないようです。私自身学生時代に習った記憶はなかったことから、米国歯科医師会のウェブサイトの記事も参考に、「メス・マウス」について知り、考える機会にしたいと思います。
同サイトに掲載されている「メス・マウス」の写真を見ると、歯と歯茎との境目に大きくひどい虫歯がたくさんでき、一部は歯の原形を留めていません。歯茎は赤く腫れて下がり、歯茎に隠れているはずの歯の根もはっきり見え、今にも歯が抜けそうです。写真を見ただけできつい口臭も伝わってきそうですが、重度の虫歯と歯周病、ひどい口臭と複数の歯の喪失が「メス・マウス」の特徴です。さらに、メタンフェタミンの使用量が多いほど虫歯が悪化することもわかっています(#1)。
メタンフェタミンは交感神経を刺激するため、唾液の分泌量が少なくなります。通常口の中の汚れや細菌などは唾液で洗い流されますが、分泌量が少なくなるとそれらが十分洗い流されません。また、口の中が酸性に傾いた状態が続くため、歯は溶けやすい環境にさらされたままです。覚せい剤乱用者は口が渇くために甘い飲み物を好むようになる一方、ほとんど歯磨きをしなくなったり、強くかみ締めたり、激しく歯ぎしりをしたりするようにもなります(#2)。これらが続くと歯がボロボロになって崩壊したり抜けたりし、最終的にはかめなくなってしまうことも想像に難くありません。
個人的には歯科で「メス・マウス」が疑われ、明るみに出ることでその方が覚せい剤を断つ契機になればと考えます。一方で、特に「メス・マウス」の症例を経験したことがない歯科医療従事者が少なくないと考えられる中、覚せい剤乱用の確証が得られなければ通報等をためらってしまう可能性も否定できないように感じます。覚せい剤使用後はほとんど歯を磨かなくなった覚せい剤乱用者も、その大半は覚せい剤使用前には1日1回以上歯を磨いていて、ボロボロになった自分の口を人に見られたくないと考えているそうです(#2)。乱用者の、以前の自分の状態に少しでも戻していきたいと思う気持ちを治療で後押しし、覚せい剤を断つ方を1人でも増やすことが歯科の果たす役割の1つではないかと思います。
(#1)JADA 2015;146:875-85
(#2)Br Dent J 2015;218:531-6
■アメリカ歯科医師会 https://www.mouthhealthy.org/en/az-topics/m/meth-mouth