いじめ、貧困、家庭内の暴力、アルコールやギャンブル依存症…といった描写もある映画『子どもたちをよろしく』が全国順次公開されている。その主題から社会派映画と見られがちだが、 実はアクション映画の話法で撮られていることはあまり語られていない。「ビー・バップ・ハイスクール」や「あぶない刑事」シリーズなどの現場で約20年間、助監督を務めた隅田靖監督と娯楽映画研究家の佐藤利明氏に話を聞いた。
新型コロナウイルスの感染拡大で人出が減る中、東京で公開4日目の3月3日、渋谷のユーロスペースでは平日の午前回にも関わらず、幅広い年代で40人以上の観客がいた。
街を駆ける少年の描写などに仲村トオルらが躍動した「ビー・バップ」の残り香を感じる。また、重要な意味を持つ2つのシーンでのスローモーションには本作の撮影監督・鍋島淳裕氏の師で、今月死去した名カメラマン・仙元誠三さんが松田優作さんの主演作などで発揮した映像の遺伝子を発見できる。佐藤氏は「東映セントラルのクールさがこういう形で転換されている」と指摘した。
隅田氏は東京・立川を舞台に不良少年たちが抗争する松田翔太主演の映画「ワルボロ」(2007年公開)で監督デビュー。その後、2 作目を撮る機会に恵まれず、車いすや視覚障害者の手助けをする警備員として働いた。師匠の澤井信一郎監督が隅田氏の監督起用を本作の統括プロデューサー・寺脇研氏に進言。寺脇氏は映画評論家として「ワルボロ」を評価していたことからオファーし、12年のブランクを経た新作が実現した。
隅田監督は「最初に『デリヘルのドライバーの息子が、父の職業のことでいじめられて 自殺するが、いじめていた男の子の姉はデリヘル嬢だった』という話だけ伝えられ、そこからオリジナル脚本を書いた。警備員をしながら、思いついたアイデアを休み時間等にメモし、休日にパソコンに向かって3カ月くらいで骨格はほぼできた」と振り返る。
その脚本に俳優たちも応えた。派遣型性風俗店の女性をバンで運ぶ父親役の川瀬陽太もそうだ。「息子の給食費や修学旅行費」と嘘をついて借金してはパチンコで使い果たす男。ガスを止められ、固いインスタント麺に粉末スープをかけてかじる中学生の息子(椿三期)に「これ見よがしに食いやがって」と逆切れして暴行するシーンのセリフは「川瀬さんのアドリブ」と隅田監督は明かす。
佐藤氏は「川瀬さんが息子を殴った後で、突然『ラーメン食べに行こう』と抱きしめるシーンに、絶望に満ちたこの映画のささやかな救いがある。一瞬、人間的な優しさが垣間見られ、映画が図式的じゃない」と評価した。また、佐藤氏はデリヘル嬢を演じたヒロインについて「鎌滝えりという女優を発見した作品」と絶賛。「娘が母(有森也実)と対峙し、街から出ていく行動原理は隅田監督が長年培ったアクション映画のセオリー」と分析した。
アカデミー賞を席巻したポン・ジュノ監督の「パラサイト~半地下の家族~」(韓国)をはじめ、「ジョーカー」(米国)、「万引き家族」(日本)、「わたしは、ダニエル・ブレイク」(英国)など、貧困がテーマの一つとなった作品が世界で同時多発的に生まれ、本作もその流れにあると指摘されているが、加えて、佐藤氏は「今作では登場人物たちが格闘している」。まさに格闘=アクションである。
隅田監督は「私自身、荒れた時期もありました。映画が撮れず、家で朝まで酒飲んで、 かみさんが仕事に出るのを見送ってから寝る。パチンコにも金があったら行ってしまう。そういう生活が3年くらい続いた。それが脚本に反映されています。警備員をやって健康になり、今も続けています」と明かし、「あまりにも12年間が長かったから、この映画ができた喜びをかみしめたい」と思いを込めた。「私がこの映画で好きなシーンは『動物園』『キャッチボール』『窓ガラス』の3つです」。ネタバレになるので詳細は触れないが、観れば納得されるはずだ。