逮捕されても「犯人」ではない…映画「リチャード・ジュエル」公開で、小川泰平氏らが冤罪を語る

北村 泰介 北村 泰介

 巨匠クリント・イーストウッド監督の40作目となる映画「リチャード・ジュエル」が17 日から日本公開される。それに先立ち、同作のテーマである「冤罪」について、元神奈川県警刑事で犯罪ジャーナリストの小川泰平氏らが都内の日大文理学部で学生を対象にした「特別講義」を行った。小川氏は逮捕されても起訴率は約3割であることや年間約70件の冤罪事件がある実情を明かし、「逮捕イコール犯人」というレッテルの見直しを呼びかけた。

 同作は、1996 年に米アトランタで起きた爆破事件で、第一発見者の警備員リチャード・ジュエルが報道やFBI の強引な捜査によって容疑者となり、弁護士や母と共に闘う物語。20年以上を経た今、SNS が人々の生活に根付き、匿名の誹謗中傷が蔓延する社会となり、誰もが「被害者」や「加害者」になりうる時代に、今年で90歳のイーストウッド監督が警鐘を鳴らす最新作である。

 15日夜に開催されたイベントには、小川氏のほか、NHKで約 30 年の取材歴があるキャスターの柳澤秀夫氏、元共同通信記者&元同志社大教授で97年にジュエル氏を実際に取材して「英雄から爆弾犯にされて」「メディアリンチ」を執筆したジャーナリストの浅野健一氏も登壇。朝日新聞出身で現在は Business Insider Japan 統括編集長、テレビ朝日系「モーニングショー」に出演している浜田敬子氏が進行役を務めた。

 小川氏は「映画からいろんなことを考えさせられた。米国の事件だが日本であってもおかしくない。私は元警察官で、今は取材する者という両方の立場にいて、メディアの人の気持ちも警察官の気持ちも分かる」と作品に自身を重ねた。

 カルロス・ゴーン被告の主張により、議論が起きた司法制度も語られた。小川氏は「日本では起訴されると約99%が有罪になるが、逮捕されたから有罪になるということではない。近年の起訴率は30%台です」と指摘。刑が確定するまでは「推定無罪」なのである。

 また、ジュエルの時代にはなかったSNSの問題点にも言及。浜田氏は「フェイクニュースの拡散」を懸念し、柳澤氏は「昨年、あおり運転の事件で全くの別人がツイッターで『ガラケーの女』と特定され、実名も出回った。ネットが被害者を生んでしまった」と、匿名の投稿者が個人攻撃するネット・リンチの実例を挙げた。

 浅野氏は「今の時代、(メディアだけでなく)すべての人が発信者。一時の感情で書くと大変なことになる。『悪い人』と思って発信する前に『いや、分からない』と立ち止まること」と呼びかけ、「昨年、松山市であったタクシー車内の窃盗事件で女子大生が誤認逮捕され、その後、真犯人が捕まった。冤罪をチェックするのがメディアであって、『犯人』を叩くのが仕事ではない」と訴えた。

 小川氏は冤罪の例として栃木県の足利事件を挙げた。女児殺害事件と無関係だった男性が逮捕、起訴され、無期懲役刑が確定して服役中に冤罪が判明して09年に釈放されたが、17年間も獄中にいた。小川氏は「事件発生から1年後に逮捕されており、警察が無理をした可能性もある」と捜査側の問題点を指摘。一方、柳澤氏は「記者はとにかく特ダネが欲しい。人より先にニュースを出したい…と、気持ちが前のめりになっている自分を冷めた目で客観視できるか」と報道する側から自戒を込めた。

 小川氏は「今後、捜査のIT化が進むが、犯罪心理学や法律、ジャーナリズムは人がやるもの。統計や分析はAIがやっても、それ以外では人の力が必要」とし、「日本では一定の割合で(1年で)約70件の無罪事件がある。無罪イコール冤罪と言っていい。そこは覚えておいていただきたい」と付け加えた。

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