2019年の株式市場を振り返ると、やはり目立つのは全体的に相場が上昇したということだろう。日経平均株価は取引初日の1月4日が年初来安値(1万9241円)で、年末にかけては2万4000円台に浮上。年間を通じて右肩上がりの展開で、約25%上昇したという「上々のできばえ」だ。ただ、気になるデータがあると指摘するのは、新規株式公開(IPO)のアナリストとして第一人者である、いちよし証券投資情報部の宇田川克己・銘柄情報課長だ。同氏がいうのは「これだけ相場がよかったのに、今年のIPO銘柄数が去年よりも減った」ということだ。
19年のIPO銘柄数は86銘柄になる見通しだ。リーマンショックの直後で新規銘柄の資金調達どころではなくなった09年を底に、IPO銘柄数は徐々に回復していた。15年からは年間90銘柄内外で推移していて、昨年はちょうど90銘柄。これが今年は減少したのをどう読み取るか。「年間を通じて相場が上昇しているし、ほとんどの銘柄は上場を控えた公募・売り出し価格(公開価格)を上回る初値を付けている」。そうした中で銘柄数が増えなかったという事実は、誤差の範囲と言いがたく「きちんと受け止める必要がある」と宇田川氏は指摘する。
理由を見極めるうえで宇田川氏が着目したのは、今年のIPO銘柄のうち64銘柄と、実に4分の3が東証マザーズに新規上場したことだ。東証ジャスダックや東証2部への新規上場は低迷した。「結局は『東証1部』というブランドを、どう考えるかという問題に帰結する」と同氏は話す。どういうことか。
東証マザーズといえば「インターネットやバイオなどの新産業」「成長性が見通せれば赤字でも上場できる」という新規性を前面に押し出して1999年に発足したが、いまは違う。現在も上場基準に利益の額こそ含まれないが、東証のホームページには「マザーズは市場第一部へのステップアップを視野に入れた成長企業向けの市場と位置付けられています」とある。マザーズへの上場は、東証1部をめざしているという意思の表明というわけだ。
東証1部には数々のメリットがあるとされる。よく言われるのが、銀行からお金がかりやすくなること。東証1部の株式は担保の価値が高いとみられているためだ。さらに経営者らは「採用活動がしやすくなる」と口をそろえる。このほか東証1部になったのを機に社長が経団連に誘われるといったこともあるようだし、従業員が住宅ローンを組みやすくなったと話していた経営者もいた。それに東証1部に指定されると、自動的に東証株価指数(TOPIX)の組み入れ銘柄になる。年金基金などは多くがTOPIXに連動するように株式を運用しているため、安定した株主が確保できるわけだ。
一方で金融庁が主導して、東証は市場区分を見直す議論を2018年から進めていた。現在「東証1部」「東証2部」「ジャスダック・スタンダード」「ジャスダック・グロース」「マザーズ」と5つに別れている区分を、3つ程度に再編する計画だ。もともとは東証1部の銘柄が増えすぎて、市場区分に意味がないとの見方が台頭したのが見直しのきっかけ。ただ、東証1部のメリットを手放すことになりそうな各社から、当然ながら不満が続出した。東証の有識者懇談会に出席していた野村証券の関係者が、「東証1部に残留する時価総額の目安は250億円になりそう」との情報を漏らした問題もあり、議論が前に進まなくなった。
こうなったいま、株式の上場を目指す企業の行動は2パターンが考えられる。1つは「議論がまとまるまで上場を見送る動きが広がり、これが銘柄数の減少につながったようだ」(宇田川氏)。それが証拠に、上場を急ぐ必要がない大企業など「大型株のIPOが見当たらなかったのが今年の特徴」。最初から東証1部に上場したのは日本国土開発(証券コード1887)だけで、政府放出株もぴたりと出てこなくなった。もう1つのパターンは「いまのうちに市場に出ておけば東証1部に潜り込めるかも」(同)というわけで、マザーズへの上場が増えたとの見立てだ。
野村の一件もあって、東証は市場再編をめぐる数値基準を決められずにいるのが現状だ。金融庁や東証は議論を急ぎたい意向をちらつかせているが、どうにも道は険しそう。東証でIPOが面倒となると、それは日本全体でIPOが面倒ということを意味する。日本のベンチャー企業に投資をしても、IPOという出口がふさがれるのなら、国内外のベンチャーキャピタルは日本のスタートアップ(急成長型の起業家)への投資を手控え可能性も高まる。国内各地で「町おこし」として進められている、スタートアップ支援にも影響しかねない。