猫が歳をとってきたにもかかわらず、子猫のときのような「早朝の大運動会」を始めたり、異常な食欲なのに痩せてきたりすることがあれば、それは高齢の猫に比較的よくある「甲状腺機能亢進症」という病気が疑われます。
甲状腺というのは、人間にもあります。喉のあたりに気管を挟んで両側にひとつずつある小さい組織で、左右の組織が真ん中でつながり、蝶が羽を広げたような形になっています。人間だとその「羽」の大きさは長さ4cm、厚さ1cm程ですが、猫のそれはもっとずっと小さなサイズです。この組織から甲状腺ホルモンが分泌されています。このホルモンは、生きていく上ではなくてはならならないホルモンで、動物体内の新陳代謝を盛んにさせ、機能を高めます。このホルモンが分泌されすぎる病気が、甲状腺機能亢進症です。
この病気では、各臓器がいろいろなものを代謝しすぎてしまうので、異常に食欲があるのだけれどもどんどん痩せて筋肉が細り、毛艶がなくなるのが典型的な症状です。性格も、以前と異なり怒りっぽくなったり夜鳴きが激しくなったり、神経過敏になったりします。嘔吐や下痢が頻繁になったり、不整脈がでたりもします。
そのまま治療せずに放置するとどうなるのでしょうか?病状が進行すると、これまで異常な食欲だったのが一転して全く食べなくなることもあります。急激に高血圧となり、眼内の血管が破れて出血して失明したり、脳内の血管が破ければ痙攣などの症状がでたりします。心臓をはじめとした各臓器は、甲状腺ホルモンにより必要以上に働かされているので、やがては疲れ果てて機能不全に陥ることもあります。
これまでのところ、猫の甲状腺機能亢進症の発生原因は、はっきりとはわかっていません。1980年頃より猫に認められるようになり、世界各国で年々増えていますので、現代病といえます。原因のひとつに環境ホルモンが疑われていますが、環境ホルモンは近年になって増えてきたものなので、原因としてはかなり有力だと私は考えます。もちろん、全ての病気にいえることですが、病気の原因はひとつではありません。しかし、環境ホルモンの関与は否定できないと思います。環境ホルモンの発生原因の代表は、プラスチックや化学薬品などの石油関連製品です。特に猫では、環境ホルモンなどの化学物質を代謝して無毒化する能力が人間や犬よりも低いため、体内に蓄積しやすいと考えられています。
実際に、環境ホルモンのひとつであるポリ臭素化ジフェニルエーテル(PBDE)の血中濃度が、ヒトの50倍であったという猫の症例報告があります(Guo W, et al. 2012)。しかも、屋外にいる猫よりも、室内で飼われている猫の方がより高値だったそうです(Mensching DA, et al. 2012, Norrgran Engdahl J, et al. 2017)。この環境ホルモンは、建築材料・化学繊維・プラスチック製品に使われているので、室内の埃に高濃度に含まれてしまうのです。近年の日本の住宅に使われている壁紙は、紙とは名ばかりで、ほぼプラスチックでできています。猫用の毛布やクッションも、化学繊維がふんだんに使われているのが非常に気になります。
一昔前は、缶詰を食べている猫に甲状腺機能亢進症が多いのでは?と指摘されていました。缶詰の内側のコーティングに環境ホルモンのひとつ・ビスフェノールA(BPA)が使用されており、毎日缶詰の中身と一緒に摂取していたからではないかといわれています。PBDEもBPAも甲状腺ホルモンと構造が類似しており、猫の肝臓ではなかなか代謝分解できません。
また近年、猫のドライフードにはグルテンフリーを謳って、小麦や米の代わりに大豆を原材料のひとつに使用しているものがありますが、本来、猫は小麦や米、大豆などの穀物を食べる動物ではありません。そして、この大豆の一成分であるイソフラボンは、甲状腺ホルモンの分泌を攪乱する可能性が指摘されています(White HL, et al. 2004)。
13歳の三毛猫チャピちゃんは、およそ1年前より、朝方から吠えて興奮して、食欲が旺盛なのに非常に痩せて骨ばってきていました。冬のある朝には、後ろ足を引きずってヨロヨロしだしました。しばらくするとその症状は消えたため、飼い主さんはもう歳だから?と思っていたのですが、念のために血液中の甲状腺ホルモン濃度を測定したところ、甲状腺機能亢進症でした。
別の15歳の雄猫も異常な食欲があり、最近では洗って干してあるフライパンを舐めたり、キッチンにある生ごみ受けの蓋を外してあさったりということがあったので、この子も念のために甲状腺ホルモン濃度を測定しましたが、この子は甲状腺機能亢進症ではありませんでした。従って、この子は認知症と診断をしました。
ふたりの顔を見比べると、顔つきが違うのがわかります。チャピちゃんは興奮している顔、他方はぼんやり~な顔をしています。このように、甲状腺機能亢進症の猫は、神経過敏な感じが顔つきに表れていることもあります。