半径1km圏内に“シンガー女僧”同時出現の謎 「美しすぎる尼」としてTV出演の過去も

北村 守康 北村 守康

 下市口駅から目と鼻の先にある、光明寺住職の三浦明利さん(36)は、アコースティックギターを肩にかけ、全国を飛び回る。大手レーベルからもアルバムを出すシンガーソングライターで、自治体や学校などに楽曲提供もする。小さい頃からピアノに親しみ、中学生の時、家にあったクラシックギターの弦をはじき、その音色の美しさに魅了されて以来、アコースティックギター、エレキギターと持ち替え、さらにはボーカルにと青春を音楽に捧げた。大学生の時に女性バンド「Moga Hoop」を結成し、多くの賞を獲得。ギターボーカルとしてインディーズデビューを果たしたが、25歳の時、家庭の事情で急きょ実家の寺を継ぐことになる。

 「僧侶として働く両親の姿を憧れの目で見たり、ご門徒(信者)たち囲まれて楽しい時間を過ごしたりしていたので、子どもながらにどうしたらお寺を継いでいけるんだろうと考えたくらいです。ただ音楽も好きだったので、自分では30歳過ぎてからお寺を継いでいこうと思ってました」と爽やかな笑みを浮かべる。

 僧侶になった時、二度と音楽活動はできないと思っていたという。実際に寺の業務を覚え法務に勤しむ日々が続いた。それから半年が経った頃、開所して間もない京都にある仏教の緩和ケア施設(ホスピス)から「歌を歌ってほしい」とボランティアの要請があり、久々に人前で歌声を披露した。童謡や仏教賛歌を歌ったところ、入居者の人たちが笑顔で一緒に口ずさむのを見て、歌には人と人との距離を縮める力があることを再認識し、法話をしながら歌を歌うスタイルでの活動を再開した。仏教は声明や雅楽など、音楽とともに広がった歴史があるので、自身の活動は何ら珍しいことではないと考える。昼を席巻した国民的テレビ番組に「美しすぎる尼」として出演した過去も。この時、ギターの弾き語りを披露したことがきっかけとなり、大手レーベルから曲をリリースした。

 以前は仏教をモチーフにした曲作りを公言していたが、今は宗教の枠を超えた普遍的なもの、人として共通のテーマを歌い伝えたいと考える。また郷土愛も大きい。新譜CDの初披露は、光明寺の本堂ですることに決めているそうだ。「以前は会場を借りてしたこともあったのですが、私はこの寺の住職。550年余りの歴史のあるこの寺でやることに意味があると思うんです。宗派、宗教関係なく私の歌を聞きに、吉野のターミナル的な役割を果たす下市口駅前にある光明寺まで足を運んでいただき、また吉野を知ってもらうきっかけになればうれしい」と目を輝かせる。

 今回2人の女性僧侶にお話を聞かせていただき、天真爛漫で少々俗っぽいに違いないという当初の予想は見事に外れ、仏教を通じて人々の日常に光を当てたいという僧侶の鑑のような姿勢に心が洗われた。

 最後に、人口減少が進むこの地にメディアでたびたび取り上げられるような歌う女性僧侶が、なぜ同時に現れたのか? 筆者なりに分析する。

 2人は同年代で、学生時代は世の中がバンドブーム。また2人は、学校は違うものの共に大阪市内の高校に通い、京都市内の大学に入り一人暮らしする経験もあって、都会で青春を謳歌できる環境下にあった。

 地域性の観点から、県民性研究の第一人者である矢野新一氏の著書『奈良県民を操る: 恋愛、相性、性格、特徴すべてまるわかり』(得トク文庫)によると、奈良県の女性は「我慢強くてしっかり者、活発的で行動範囲も広い」とある。別の著書『おんなの県民性』(光文社新書)では、奈良県の女性は人当たりがよく職人向きと紹介されている。2005年に発売された同書では、奈良県民は娘が生まれるとピアノを買い与え、「1000世帯あたりのピアノ保有台数が30年以上ナンバーワン」とあり、都道府県一音楽に親しめる家庭環境ともいえる。

 また、全国の仏教寺院の数を日本の人口で割ると約1620になる。すなわち人口1620人に一つ寺が存在することを意味し、これが全国平均。大淀町の人口約1万7000人、下市町の人口約5000人に対して、筆者が調べる限り両町とも40余りの寺が存在する。両町に40の寺があるとしても大淀町は全国平均の約3.8倍、下市町に至っては約13倍、人口に対して寺の数が多い。面積も関係するので一概にはいえないが、寺が多い地域であることに間違いはない。きっと寺と住人との関係も、他地域よりも密接だろう。

  だからと言って、この局地的珍現象を証明したことにはならないが、時代と地域と性別とが“歌う女僧”同時出現の後押しをしたことは少なからずありそうだ。そして何より、二人の女性が、西迎院、光明寺という自分の力を発揮できるそれぞれの寺に生まれたことが、枠にとらわれない現在の活動につながったと筆者は考える。

 それにしても、こんな良き現象が筆者のふるさとで起きているとはうれしい限り。世知辛い現代社会、平穏を祈る2人の歌声が遠くまで響き渡り、多くの人々の合唱になることを願う。

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