遠未来の銀河系を舞台に、“常勝の天才”ラインハルトと、“不敗の魔術師”ヤン・ウェンリーの2人の英雄を軸に描くスペースオペラ「銀河英雄伝説」。原作は田中芳樹の小説で、アニメを筆頭に多くの関連作品が制作されており、今なお絶大な人気を誇るシリーズとして知られる。その銀英伝の壮大な世界観を、なぜかトラクターやコンバインなどの農機具の大展示会に持ち込んだ新聞広告が、「インパクトがすごい」とTwitterなどで話題になっている。広告を出したのは、長野県小布施町にある農機具販売会社「田中機械」。今年で創業100年の老舗である。
「こんなに大ごとになるとは思っていなかった。誰かのご迷惑になっていないでしょうか。まずは謝らせてください。ごめんなさい!」
どんな人が作っているのか興味があるので取材させてほしい、と田中機械に連絡をしてみたところ、「全部自分がやりました」と応じてくれた4代目の田中良実社長(47)は、この通り、いきなりの謝罪モード。広告は8月末に地元の地方紙に掲載されたのだが、それがあるTwitterユーザーの目に留まり、あっという間に全国、否、全世界に拡散された。田中社長は、その反響の大きさに困惑しているのだという。
とにかく銀英伝が好きで、「作品を知ってほしい」という一心でラインハルトとヤンに扮した田中社長(一人二役です)。聞けば田中機械は、以前から農機具紹介の動画を大量(お蔵入りを含めると1000本ほど!)に制作しており、田中社長はそこで古畑任三郎や刑事コロンボ、工藤俊作(探偵物語)、シャア(機動戦士ガンダム)、ドーラ一家とムスカ(天空の城ラピュタ)など「計20くらいのキャラを演じてきた」という。今回の銀英伝のように新聞広告と連動することもあり、つまりこのパロディ広告は一朝一夕に出てきたものではなく、地元ではおなじみの存在らしいのだ。
「僕が扮したキャラクターは、全部心から好きなものばかり。イチローが好きすぎるものまね芸人ニッチロー’と同じような感覚です」
なるほど、田中社長の作品愛はよくわかった。しかしひとつ疑問なのは、農機具の購買層と田中社長が扮するアニメやドラマのファン層は、あまり重なっていないように思えるのだが、そこらへんはどうなのだろう。
「その通り、全く重なっていません。ということはつまり、作品のファンが田中機械の新規の客になってくれる可能性だってありますよね」
「とはいえ、なにか戦略があるわけではなく、あくまでも趣味が高じてこうなってしまっただけ。今言えるのは、とにかく『小っ恥ずかしい』です。話題になったことで、家族にも『やめてくれ』とめちゃくちゃ怒られましたよ。いっそ、これまでの広告や動画を全部消してしまいたい…」
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Twitterで広告が拡散されたことを喜ぶどころか、むしろちょっと迷惑そうな口ぶりの田中社長。そのユニークな宣伝活動の原点は、東日本大震災にあった。