京アニ放火事件被害者の実名公開は当然だが…報道に配慮を

夜回り先生・水谷修/少数異見

水谷 修 水谷 修
教育家・水谷修氏
教育家・水谷修氏

 京都市伏見区のアニメ制作会社「京都アニメーション」第1スタジオの放火殺人事件で、京都府警は身元が公表されていなかった男女25人の実名を明らかにした。遺族や京アニ側の意向を配慮し、事件発生から1カ月以上を経て全員の身元公表を終えた。教育家の水谷修氏は自身の体験も踏まえ、メディアによる被害者に対する事件報道の在り方を問うた。

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 京都府警が、この放火事件で亡くなった方々35名のうち、これまで非公開だった 25名の身元を公表しました。これについて、多くの批判が、公開を求めたマスコミに対してなされています。私は、この身元公開は、当然のことと考えています。

 2016年に神奈川県で起きた「相模原障がい者殺傷事件」で、神奈川県警は、被害者の氏名を、被害者が障がい者であるという理由から匿名でしか公開しませんでした。この事件では、私が、横浜市の「養護学校」で教えた生徒も被害に遭っています。このときは、マスコミも ほとんどの国民も、警察の対応について、特に問題にしませんでした。ただ、一部のマスコミが、何人かのなくなった方々の親と話し合い、この警察の対応自体が、実は重大な障がい者に対する差別ではないかと問題提起しました。ところが、今回の場合は、ほとんどのマスコミが、身元の公開を強く求め、そして公開と同時に報道しています。矛盾です。

 まずは、今回の場合、なぜ多くの被害者の家族が、身元の公開を拒否したのか。それを深く考えるべきです。私は、こう考えます。身元が公開されることにより、新聞、テレビなどのマスコミが、取材のため家まで押しかけ、そして哀しみに苦しんでいる遺族をさらに苦しめるのではないか。遺族の方々の多くは、そう考え身元公開を拒否していたと、私は考えています。また、その思いを理解した警察が、ずっと配慮し続けてきたのでしょう。

 この気持ちは深く理解できます。しかし、震災や集中豪雨、事件、事故の場合と同様、被害者の氏名は、速やかに公開されるべきです。そして、多くの人が、その事実を知り、亡くなった方の無念や家族の哀しみを共有すべきです。ただし、被害者から、報道の自粛を求められた場合は、マスコミ自らが、その取材や報道について配慮すべきです。

 私は、今回の問題がこのように大きな問題になった原因は、日頃の一部マスコミによる被害者や被害者の家族の哀しみを無視した乱暴な取材や報道にあると考えています。

  私の大学時代、私の友人の妹が乱暴され殺されるという事件がありました。その事件の報道では、何社かの新聞は、「全裸で遺体が発見された」と書きました。この報道が、私の友人や家族をどれだけ苦しめたか。私と仲間たちは、それらの新聞社を訪ね、その報道の是非について強く抗議しました。全社とも「事実を報道しただけ」という回答でした。私は、その時に彼らにこう言いました。「あなた方は、心を持った人間ではない。もし、あなたの妹や娘がこのような被害に遭って、こう報道されたら、あなた方は、どう思いますか」と。

 今回の問題から、ぜひマスコミは、日頃の取材方法や報道内容について、きちんと考え直して欲しい。そして、「記者である前に、温かい心を持った人間」として報道して欲しいと考えます。

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