実はそのコートは、新婚旅行先で夫が初めて買ってくれたものでした。まだ初々しく、ドキドキしながらの旅、そこで見た景色、夫から掛けられた言葉…。子どもが生まれ、大きくなっても何かあるたびに着ては、大切に手入れをしてきたこと。そんな話をするうち、夫や子どもたちも「ああ、あのときこんな事があったね」「それ、俺言った?」「あのときもお母さんこの服着てたね」…と、昔の写真も出しながら一緒になってワイワイと語り始めました。
そうこうするうち、女性はふうっと息をつき、「上等でも、もうこんなコート着られへんわね、捨てようか」と言ったそうです。
「生前整理をするときに、なかなか物を捨てられないのは、そこに思い出が詰まっているからなんです」と金城さん。「家族といっても、子どもが独立し、さらに家庭を持つようになれば、どうしても距離が出来るもの。その状態のまま、『もう年なんだし昔の物なんて捨てなよ』と言ってしまったら、カチンと来てしまいますよね」と指摘します。
「生前整理や遺言をすることなども大切ですが、本当の意味での終活って、実は、家族のコミュニケーションを再構成することだと思うんです。その人の後ろ姿や行動一つ一つが、お子さんやお孫さんの未来に繋がっていると感じます」
他人には価値のないと思うものでも、本人には、人生の一場面一場面が詰まった、かけがえのないものであることもあります。家族で、でなくても、友達や気の置けない人に思い出を話すことで、「死」に向かう終活でなく、新しい第一歩や自分の人生の集大成になるような終活になれば、と思います。