三茶のゴリラビルは昭和の遺産、ルーツをたどると初代タイガーマスクとの接点も

北村 泰介 北村 泰介

 全国各地で〝ゴリラビル〟が増えているという。SNSでは各地からの目撃情報が寄せられているが、その中で〝元祖〟的な存在が東京・三軒茶屋のランドマークであるゴリラビルだ。屋上から巨大なゴリラのオブジェが顔をのぞかせている光景のインパクトは強烈だが、いつ、どのような経緯で誕生したのかはあまり語られていない。そこで、地元商店街で聞き込み調査を続けた結果、ある有名プロレスラーとの接点が見えてきた。

 「三茶(さんちゃ)のゴリラビル」は、東急田園都市線の三軒茶屋駅から地上に上がり、下北沢に至る茶沢通りを約5分ほど歩いた右手にある。住所は世田谷区太子堂。屋上の顔から、だらりと下げた右手の先まで10メートル以上はあるだろうか。ゴリラの手のひらにはランドセルを背負った女の子が笑顔で座っている。

 3階のテナントビルとなっており、その2階には2005年3月にオープンした「K-1 GYM SILVERWOLF(シルバーウルフ)」がある。K-1ミドル級を代表するスター選手となった魔裟斗が公開練習を行っていたジムだ。当時、K-1担当だった記者は初めて現地に取材で向かった際、「ゴリラがいるビル」という説明だけで容易にたどり着けたことを思い出す。

 ジムのスタッフに聞いた。「はっきりとは分かりませんが、(ビルの誕生は)35年くらい前とは聞いています」。なぜ、ゴリラだったのだろうか。「当時、ゴリラが流行っていたからじゃないですか?キングコングとか」。そうしたヒントを参考に、周辺の店舗に飛び込んだが、新しい店が多く、空振りが続いた。

 ビルから三軒茶屋駅に少し戻った茶沢通り沿いに「アーモンド」という洋菓子店があり、店頭に記された「Since 1969」に吸い寄せられた。創業50年の老舗なら、草創期を知る証人がいるのではないかと…。当たりだった。

 初代店主・米田稔さん(84)は「あの場所でお寿司屋さんをやられていたオーナーがビルを建て、映画で使われたゴリラ(のオブジェ)を引き取って置いたようです。タイトルまでは分かりませんが、日本の映画だったと聞いています。2階にはタイガーのジムがありました」と証言。ゴリラではなくタイガーって…?

 そう、「タイガー」とは初代タイガーマスクの佐山サトル(61)だった。「ジム」とは佐山が立ち上げたスーパータイガージムである。魔裟斗の約20年前にはタイガーマスクがゴリラビルでトレーニングをしていたのだ。さっそく、都内で初代虎を直撃した。

 佐山は「ゴリラがあったかどうかはよく覚えていませんが、ケーキ屋さんのことは覚えています。私は甘いものが嫌いですので」。この〝嫌い〟という表現は、落語「まんじゅうこわい」的な話法で〝好き〟の裏返し。関係者によると、スーパータイガージムがゴリラビルに入ったのは84年のこと。佐山は「三茶には1年くらいいました。ビルは私たちが入る前からありました」という。少なくとも36年前までには建っていたと推定される。

 洋菓子店に話を戻そう。店頭に立つ次男の米田幸介さん(50)は「(第1次)UWFができた頃で、中学生だった私はまだリングができる前からジムに行くと、佐山さんが声をかけてくださった。前田日明さんや山崎一夫さんが練習されていたり、藤原喜明さんはやさしい人でした」と振り返る。ゴリラビルはレスラーとの出会いの場としても記憶されていた。

 時は流れ、全国で〝ゴリラビル〟が増殖している。都内では三軒茶屋のほか、銀座と世田谷区喜多見、さらに浜松市、大阪市、岡山市での情報がツイッターに投稿されていた。その中で、三茶のゴリラビルは昭和から平成を経て令和となった今も、近隣の飲食店ではゴリラにちなんだメニューが誕生し、場所を探す際の目印になるなど、地元に根付いている。

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