業務改善命令は野村だけなの? 問われる東証の「適時開示」

山本 学 山本 学
そもそも東証の情報管理の手法に問題はなかったのか(moonrise/stock.adobe.com)
そもそも東証の情報管理の手法に問題はなかったのか(moonrise/stock.adobe.com)

 野村ホールディングスと野村証券は5月28日に、金融庁から業務改善命令を受けた。2018年10月に東京証券取引所が「市場区分」の再編のために立ち上げた有識者懇談会に野村総研の研究員が出席しており、漏らした懇談会の議論をもとに、野村証券の顧客に株式を売買させたのがインサイダー取引と同等であると判断されたからだ。いまだに「早耳情報」で株式の売買を勧誘するスタイルに変化がないのは、「やっぱりな」と思うばかりだが、そもそも東証の情報管理の手法に問題はなかったのか。東証や金融庁が上場会社に口をすっぱくして指導する「適時開示」を、今回の一連の議論にも当てはめていれば、違った展開になったかのではないか。

 東証1部、東証2部、マザーズ、ジャスダック・スタンダート、ジャスダック・グロース等々、上場企業には細かい「市場区分」が決められている。かつて新興企業向け株式市場を競って開設し、そのうえで東京証券取引所と旧大阪証券取引所、旧ジャスダック証券取引所が経営統合した成れの果てだ。新興企業が上場しやすい市場を作るにしても、全部で3区分ぐらいが分かりやすいし、それに最上位である東証1部が最も多い現状もどうか、という議論は、東証と大証が経営統合した2013年ごろからあった。だから18年秋に東証が市場区分を再編する方針を打ち出したのは当然の流れだし、多くの投資家は歓迎したはずだった。

 3月2日発売の週刊東洋経済。時価総額が500億円未満の銘柄は、東証1部に残れないと報じた。東証1部の全銘柄の動きを示す東証株価指数(TOPIX)に連動する株式投資は、大きな金額を動かす機関投資家の常とう手段だから、その銘柄数が変化するとなると、TOPIXから外される銘柄の株価は大幅に下がるというわけだ。そこで野村は、「500億円ではなくて、250億円が本当のボーダーラインですよ」と「内部情報」をもとに触れて回ったというのが、今回の構図だ。つまり、有識者懇談会のメンバーである野村総研の研究員には東証の意向が伝わっていたということになる。

 有識者懇談会のメンバーとはいえ、東証から見れば外部者である野村の研究員に、なぜ東証は自らの意向を伝えたのか、ということに注目してみよう。単純に考えれば、お世話になった有識者の先生に結論をお伝えするのは、東証の「腹が決まった」ということに他ならない。だとすれば、東証はさっさと取締役会決議でもなんでもして、公表する必要があったのではないか。東証にとっては、東証1部上場である東証の持ち株会社、日本取引所グループの株価にもかかわってくる話でもある。決算でも合併でも、株価にかかわる話は決まったら速やかに発表しなさい、それがタイムリー・ディスクロージャー(これを日本語で「適時開示」)ですよと、金融庁とともに上場企業を指導してきたのは東証ではないか。

 たとえば新聞の朝刊が、上場会社が関係するM&A(合併・買収)などをスクープした場合に、報じられた企業は、遅くともだいたい午前中に「〇〇新聞の報道は当社が発表したものではありませんが、検討しているのは事実です」とか、「報道は事実無根です」といったプレスリリースを発表する。発表文の内容も、年を追うごとに具体的になっている。これが、まさに東証の指導のたまものだ。取引開始の朝9時までに何も発表できなかったりすると、東証は電話攻勢で矢の催促だという。だとしたら結果的に誤報だった東洋経済が発売された3月2日に、東証は「250億円を基準にしたいと思っている」と発表する手もあった。

 もちろん野村に罪がないと言いたいわけではない。2012年の増資インサイダー事件を受けた記者会見で、会見場から速報記事を送稿していた筆者は、当時の野村の経営陣が「これからはリサーチ(アナリストによる企業調査)主体の営業に切り替える」と高らかに宣言したのを目の前で見た。株価はリサーチで弾き出される企業価値以外の材料でも動くので、そんなことは可能なのか首をひねったものだが、やはり、できなかったということだろう。一方で、どうしても発生してしまう早耳情報が、早耳情報のまま広がらないための工夫の1つが適時開示だ。それを理解していない市場関係者が、市場開設者である東証の内部にもいた、という日本の証券市場の底の浅さがあぶり出されたのも今回の一断面といえる。

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