6・12米朝首脳会談が一転して実現にこぎ着けた。目まぐるしく移り変わる北朝鮮情勢だが、同国のスポーツ事情も変化している。7度目の訪朝を経て写真集「隣人、それから。38度線の北」(徳間書店)を世に出した写真家の初沢亜利さん(44)に、現地のスポーツ情報を聞いた。
「北朝鮮のスポーツは?」と聞かれて、真っ先に思い浮かべるのはサッカーだろう。
1966年のW杯イングランド大会で、初出場の北朝鮮はアジア勢初のベスト8進出という快挙を成し遂げた。強豪イタリアを撃破して8強入りを決めた試合はW杯史上に残る“最大級の番狂わせ”として語り継がれている。2010年の南アフリカ大会では44年ぶり2度目の出場を果たし、Jリーグで活躍する在日3世の鄭大世(チョン・テセ)らの存在もあって、日本でも関心が高かった。
だが、その後は2大会連続でW杯出場を逃した北朝鮮。国際舞台での“いま一歩”の状況が続く同国のサッカーに対する意識はどう変わっているのか。
初沢さんは「国内向けスポーツチャンネルで昨年からプレミアリーグの映像を流すようになったんです。朝鮮語の実況と解説も入ります。ここ数年の驚くべき事実の1つです」と明かした。そう感じながら撮った1枚は単なるテレビの画面撮りではなく、そこに大きな意味があった。
初沢さんは「当然、そこにはヨーロッパの観客席も映る。それは北朝鮮としては入れたくない情報です」と指摘。英国のスタジアムで見られる、欧州で暮らす人たちのファッションや表情から醸し出される自由な雰囲気…。「それらが映るにも関わらず、北朝鮮で放送されている理由は、サッカーに力を入れているからです。子どもたちに小さい時から一流のプレーを見せようという思惑があるんじゃないかと思います」と背景を説明した。
サッカー以外の球技では“敵国”であるはずだった米国のお家芸・バスケットボールが人気だ。金正恩委員長がファンであることもあって、元NBAのスーパースター、デニス・ロッドマン氏が何度も訪朝している。では、隣の韓国や日本で人気が定着している野球はどうなのだろう。
「北朝鮮に野球はないですけど、野球帽をかぶってる男の子を見かけたんですよ。追っかけたけど、捕まらなかった。なんで野球帽をかぶっているのか、聞きたかったですね。黄色い帽子でした」
初沢さんはフランス・パリ生まれの東京育ちだが、小学生だった85年10月16日、21年ぶりのリーグ優勝を決めた阪神を神宮球場のスタンドから見届けた筋金入りの虎ファン。北朝鮮で偶然目撃した阪神カラーの黄色い帽子に、真弓明信選手の本塁打にしびれた少年時代の記憶が重なったのかもしれない。