六甲山系の“秘境駅”として鉄道ファンに知られる神戸電鉄有馬線の「菊水山(きくすいやま)駅」(神戸市北区)。3月23日の廃止発表から1カ月半を経た現状を体感した。
同線の鵯越(ひよどりごえ)駅と鈴蘭台駅との間にある無人駅で、標高173メートル。菊水山を歩くハイカーに親しまれたが、利用客の少なさから2005年3月に営業休止。その後の13年間は「菊水山には止まりません」という車内アナウンスと共に素通りされる“休眠駅”となる。結局、再開のめどは立たず、1940年10月の開業から77年5カ月の歴史に終止符を打った。
筆者は90年代から02年にかけて同沿線にある長田駅近くに住んでいた。その時期、新開地駅と鈴蘭台・西鈴蘭台駅間を走る普通電車の一部は、1~2時間に1本とはいえ、菊水山駅に停車していたのだが、恥ずかしながら一度も降りたことがない。今さらではあるが、失われた時を埋め合わせるべく、東京から菊水山へと向かった。
神戸電鉄の湊川駅から下りに乗車。車内の路線案内表示では、鵯越と鈴蘭台の間にあるはずの駅(菊水山)が応急処置的に黒いテープで消されている。1駅前の鵯越駅で降り、1キロ弱の距離を歩いて近づくことにした。
駅員に道を尋ねると、「絶対、駅には入らないでください」とクギを刺された。同じ神戸で“マヤ遺跡”と称される摩耶山の「摩耶観光ホテル」(同市灘区)と同様の「立入禁止」扱いだ。線路沿いに道はなく、草木が茂る山中を遠回りした。
起伏のある山道を抜けると、車が1台通れる道に出た。前には鈴蘭台下水処理場。遠くから砂防ダムの水音が聞こえる。駅に近づくと予想した坂道を登り切ると行き止まりで、錠の掛かった鉄門に行き場を失った。元来た道を引き返すも、曲がり角を間違え、道すらない地帯に迷い込んだ。マムシが出てきそうな雰囲気の中、さらに草木をかき分けて進むと、「立入禁止 神戸市水道局」と描かれたボードが枯れ木に結わえ付けられていた。
このままでは日が暮れてしまう。駅跡への接近は断念。車窓から確認することに切り替え、鵯越駅に戻った。
鵯越~鈴蘭台間を往復した。ゆるやかなカーブを描く道中に菊水山駅跡はあった。上りホームのイスは撤去されてしまったが、雨よけの屋根は残っている。対面には細長い下りホーム。いずれも水色の手すりと階段は残るが、双方を包み込むように背後から樹木がせり出す。人間が入る余地は全くなかった。
完全撤去の日について、神戸電鉄経営企画部はデイリースポーツの取材に対して「ホームの木材部分は既に撤去しましたが、残っているものについては今のところ予定はありません」と説明した。実際に近づくことが困難な状況から、一瞬の車窓風景を現地で確かめるか、愛好家がSNSに投稿した動画や画像を通して思いをはせることになりそうだ。