「すばらしい新世界」オルダス・ハクスリー著、黒原敏行訳
「これはいわゆるディストピア(非理想郷)小説です。西暦2540年、人間は工場で生産されている。しかも極端な階級社会が形成され、国家の支配階級は一つの受精卵につき一人製造されるのですが、被支配階級は一つの受精卵から最大で百人近くが大量生産され、労働に明け暮れることになる。それでも皆、矛盾や葛藤を感じることなく驚くほど幸福に暮らしている。実はそれを可能にする「仕掛け」がこの社会には用意されているのですが…。このディストピアでは、不幸とはある意味、自由な人間にだけ許される特権ではないのか。格差の広がる世界に生きる我々は、この小説をとてもリアルに読むことができると思います。現在を考えるための要素が満載の作品です」
「未来のイヴ」ヴィリエ・ド・リラダン著、高野優訳
「アンドロイドをテーマとした19世紀の先駆的な小説と言えるでしょう。アメリカのエジソンのもとに-このエジソンはもちろん、かの発明王エジソンがモデルです-、女性に絶望した英国の青年貴族が訪ねてくる。彼は美しい女性に恋をしたのですが、彼女は彼の求めるような高い精神性を持っていなかった。そこで発明王は青年のためにその美女に瓜二つの、素晴らしい内面を備えたアンドロイド“ハダリー”を誕生させる。AIの発達で人造人間をつくることが夢物語ではなくなった今だからこそ、青年とハダリーのラブストーリーは読む者の胸に迫ってきます。新しい年に、未来へ思いを馳せながら読んでください」
「方丈記」鴨長明著、蜂飼耳訳
「日本の古典作品の新訳です。訳者は詩人で作家の蜂飼耳さん。美しい文章で現代語訳され、蜂飼さん自身のエッセーや図版を含む充実した内容が大好評で、今年9月の刊行以来すでに3回、重版をしています。鴨長明といえば、世間から遠く離れた庵で閑居する達観の人、という印象が強いのではないでしょうか。でも必ずしもそうではなかった。由緒ある神社の禰宜になりたかったのに叶わなかったり、源実朝の歌の師匠になるためにわざわざ会いに行ったのに無駄足に終わったというようなこともあった。加えて長明は若い頃に大火、竜巻、飢饉、地震などさまざまな天変地異も経験している。降り掛かる災厄の中で、手探りで生きていかざるを得なかったのです。本当は迷いながら生きた長明の人生は、現代の我々も大いに共感できます。この新訳がもたらす新しい鴨長明像はとても新鮮で親近感が持てます」
「鼻/外套/査察官」ゴーゴリ著、浦雅春訳
「ロシアの文豪ドストエフスキーに“われわれはみんなゴーゴリの『外套』から生まれてきた”という有名な言葉があります。その言葉が独り歩きして、わが国ではゴーゴリは、ロシアの苛酷な現実を描くシリアスな写実主義の作家だと思われてきました。でも実際はそうではないと訳者の浦雅春さんから教えられました。貧乏な官吏が爪に火を灯すように倹約を重ね、やっとの思いで外套を新調する。そんな大事な外套が何者かに奪われる。絶望した官吏は死んでしまい、幽霊となって市中を彷徨する…。この短編が実はユーモラスな作品であるということで、他の2編とともに、なんと落語調で訳してもらいました。お正月にのんびりと肩の力を抜いて、落語を聞くように本物のロシア文学を味わってみませんか」
「菊と刀」ベネディクト 角田安正訳
「ラストは人文書です。有名な作品ですが、残念ながら読み通せなかった人も多いと聞きます。角田安正さんの平易で明快な新訳ならきっと最後まで読めるはずです。2019年以降、国際社会はさらに複雑な様相を呈するでしょう。ブレグジットの行方、メルケル独首相の去就、フランス全土で暴動が続くなかマクロン大統領の立場も楽観を許しません。米中の関係も緊迫している。そんな不透明な世界情勢の中で日本は国としてどうあるべきか。そもそも日本人とはどんな民族で、どんな文化を育んできたのか…。そんな根源的な問いを、米国の文化人類学者である著者が鋭敏な知性で解き明かした一冊です。少子高齢化、外国人労働者の増加で日本社会が大きく変わろうとする今、年末年始に改めて日本人とその文化を考える良き一冊となるでしょう。充実した読書を楽しんでいただきたいと思います」