「今日もかわいいね、大丈夫だからね」
がんで顔にただれが広がった猫に、そう声をかけながら、優しく顔を拭くお姉さん。その姿を、妹のえみさんは今も覚えています。
お姉さんがこれまでに看取った猫は50匹以上。一方、えみさんは、猫の多い実家が嫌で、いつしか自分は「猫が苦手」だと思うようになっていました。
そんなえみさんが現在、取り組んでいるのは地域猫活動です。転機は3年半前、「猫にご飯をあげている人に注意してほしい」という近隣住民からの相談でした。
愛知県豊田市の動物愛護団体「豊田地域猫の会」に所属するボランティア・えみさんに、お姉さんへの思いと、活動を始めた経緯を聞きました。
始まりは夫の職場に現れた2匹の子猫
お姉さんが猫を保護するようになったのは、約25年前。夫の職場に、母猫のいない子猫2匹が現れたことがきっかけでした。夫から連れて帰ってもよいかと相談され、引き受けたそうです。
その後、自宅の周りにも多くの野良猫がいることに気づきました。行き場のない猫を迎え、多いときには35匹ほどと暮らしていたといいます。
中には、猫を預けたまま迎えにこない人もいました。「自分が断ったら、この子はどうなるのか」と、引き受けた猫も少なくありません。
しかし当時のえみさんには、そんなお姉さんの生き方が理解できませんでした。マーキングのにおいや舞う毛が嫌で、猫だらけの実家から気持ちが離れていったといいます。
「こんなにたくさん、どうするの?」
そう尋ねると、お姉さんは「私は絶対に死なない」と答えたそうです。
えみさんの記憶に残るのは、約10年前にお姉さんがお世話をしていた猫の姿です。目の上に扁平上皮がんができ、顔にただれが広がっていました。
その猫の顔を、お姉さんは優しく拭きながら、「今日もかわいいね、大丈夫だからね」と声をかけていました。
苦情を受けて訪ねた家に、あの日の子猫たちがいた
えみさん自身が活動を始めたのは、3年半前のことです。
当時、町内の「組長」という係を務めていたえみさんは、自宅近くで母猫と4匹の子猫を見かけました。その数日後、近隣住民から、猫にご飯をあげている人に注意してほしいと相談されます。
ただ、「ご飯をあげないで」とは言えませんでした。時間を決めてご飯を出すなど、何か方法はないか。相談するつもりで、その人の家を訪ねました。
そこで目にしたのは、数日前に見かけた4匹の子猫でした。すでに家の中に保護されており、次は母猫を保護しようとしていたのです。その家には、ほかにも10匹を超える猫がいました。
近隣から餌やりを責められ、猫を自宅に入れようとする姿が、かつてのお姉さんと重なりました。
「姉のような人を作らないために、個人で抱えさせないために」
えみさんは、町内で地域猫活動を取り入れてもらおうと、区長に掛け合いました。自分が「地域猫見守り係」を担うので、町内の役員として認めてほしいと伝えたのです。
なお、このときの母猫は保護され、現在はお姉さんの家で幸せに暮らしているそうです。
猫に触れなかった自分が、町内の猫を手術へ
活動を始めるまで、えみさんは自分で猫を飼ったことがなく、触れることさえ怖かったといいます。捕獲器も持っていませんでした。
そこで、餌をあげていた人に協力してもらい、猫をキャリーケースに入れてもらって、不妊去勢手術へ連れていきました。えみさんによると、町内で対象としていた猫は全匹、手術を受けることができたそうです。
毎月のお便りも作りました。回覧板に入れてもらい、町内の掲示板にも貼り出しました。
外で暮らす猫がいること、手術を終えたこと、地域で管理していくこと。餌やりのルールも決め、活動の様子を住民に伝え続けました。
猫たちにご飯や寝床があり、お世話をする人も責められずに済む環境をつくろうとしたのです。
それでも、活動を始めたころには「猫なんか保健所に連れていけばいい」「捕まえて遠くに捨ててくる」と言われることもありました。
経験のないえみさんには、どう返せばよいのか分かりませんでした。自宅に猫部屋を作って保護するようにもなり、そのころから、お姉さんの大変さが少しずつ分かるようになったといいます。
活動開始から約半年。最も苦しかった時期に、お姉さんの知人である「豊田地域猫の会」の代表を紹介してもらい、団体に所属しました。仲間と活動し、経験や知識を重ねて、今に至ります。
えみさん自身がこれまでに保護した猫も、50匹を超えました。町内の人や知人の紹介などで里親を探し、現在は高齢の犬3匹と保護猫8匹が自宅にいます。病気の猫を連れ帰ることが多いそうです。
自身も大きな手術を経験。「取り残されるのは猫たち」
お姉さんは現在61歳。認知症のお母さんを介護しながら、9匹の猫と暮らしています。
えみさんは、お姉さんについて「残り9匹の子を、自分が生きてるうちに看取ることができると安堵していると思います」と話します。もしお姉さんに何かあれば、自分が猫たちを引き取るつもりです。
一方、えみさん自身も、子宮体がんのため、子宮や卵巣、リンパ節を切除する大きな手術を受けました。
猫を守っている人にも、病気や高齢による施設への入居、突然の別れが訪れることがあります。
「保護したい気持ちは毎日ありますが、個人がたくさんの子を抱えてしまうと取り残されるのは猫たちです」
だからこそ、地域の問題として地域猫活動を取り入れ、特定の誰かに任せきりにせず、「守る目を増やしていけたら」と願っています。
かつては嫌でたまらなかった、猫の多い実家。自分も保護に携わるようになった今、行き場のない猫を迎えてきたお姉さんへの思いは変わりました。
そして、1人が抱え込まずに済むようにと始めた活動を続けながら、えみさんは、目の前の猫への思いも語ります。
「それでもまた私は、病気やけがをした子、行き場を失った子たちを保護していきたいと思っています」